蛍さんがお寺の座敷で座って自分のお家の人と話をしている間、
彼女のお父さんは何処かへ姿を消してしまいました。
「それで、小川には何かいたのかい?」
蛍さんのお祖母さんが彼女に聞きます。
なあんにも、と蛍さんは答えましたが、何だか、タガメとかいう虫が1匹いたわ。と答えます。
おや、お父さん、タガメとかいう虫ご存知ですか?お祖母さんはお祖父さんに聞いてみます。
ああ知っているよ。事も無げに蛍さんのお祖父さんは答えます。
お前も知っていると思うけどな、見たら分かるんじゃないか。そうお祖母さんに返事を返して、
お祖父さんは目を細めてこんなに嬉しい事は無いと言うように、にこやかに自分の孫の蛍さんを眺めます。
「こんなに早くに売れるとはなぁ、いくら私でも想像もできなかったよ。」
そう言うと、福を呼び込むようにハハハと明るく笑います。
今お父さんが算段に行っているからな、はてさて、如何商談をまとめてくるのやら。
ここで冗談で商談という言葉を使ってみて、お祖父さんはやれやれと思います。
実際息子にちゃんと子供の縁談がまとめられるかどうかと思うと、とても不安になるのでした。
さて、長く続く奥の静けさが妙に気になります。
うんともすんとも、こんな時に聞こえて来そうな縁起の良い笑い声さえ聞こえて来ないのです。
変化の無い奥の様子が、どうにも蛍さんの祖父の不安を掻き立てるのでした。
「おいお前、あの子折角の縁談を破談にしているんじゃないか?ちょっと行って見て来たらどうだい。」
お父さんが行ったら、いやお前が、と祖父と祖母が譲り合っている内に、どうやら父が戻って来ました。
おおそれで、如何だったと祖父が身を乗り出して蛍さんの父に様子を聞いています。
視線を落とし、暗い顔で話す息子の話を聞き終わると、祖父は溜息を吐きました。
そして、向こうさんには私から謝っておくから、そう言うと祖父は孫の方へ顔を向けると、
ちょっと怖い顔で蛍さんを睨み、蛍さんの胸に一抹の不安を与えると、本堂の奥へと消えてゆきました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます