「なあ、蛍、お前より背が低い子でも、お前より年上の子の時があるんだぞ。」
ちゃんと知っておかないと、と蛍さんのお父さんは言います。
お前がさっき小川の所で話した男の子だがなぁ、お前より1つ年が上のお子さんだそうだ。
背はお前より小さいが、生まれたのはお前よりも昔で1年程早いから、年上のお兄さんなんだぞ。
それなのに、お前は僕呼ばわりして、その上あの子にデブだと言ったそうじゃないか。後でちゃんと謝るんだよ。
話を聞いてお父さんは恥ずかしくて何も言えなかったんだぞ、その場で謝って直ぐに帰って来た。
もう帰ろう。お祖父さんが帰って来て、お前が謝ってからな。
父はそう言って、蛍さんが見た事も無いくらいしょんぼりした、緊張した面持ちで縁側に立つと、
そのまま蛍さんと目を合わせようとしませんでした。
この父の様子に、蛍さんは自分がとんでもない事、取り返しのつかない過ちをしてしまったと感じ取るのでした。
『困ったわ、何時もの様に子供のした事で済まないのかしら?』
何だか父の様子がいつもと違うので、蛍さんは酷く不安になります。
思えばさっきの祖父の様子も違っていました。
蛍さんは、今までお祖父さんに睨まれた事などついぞ無かったのです。
「何時もの様に、子供のした事なんで…。で、済まないの?」
蛍さんはお父さんに訊いてみます。
お前なぁと、父は呆れたように横目で蛍さんの顔を見て、
真剣な表情の我が子の顔色に、ふふっと、安心させるようにそうだなぁと微笑むと、
その手があるなぁと、お前いい事を思いついたな。そう言うと顔色が明るくなりました。
そして蛍さんのお父さんはお祖父さんの行った方向、本堂の奥の方へと歩み去っていきました。
廊下に残った蛍さんもにこにこして、これで全て丸く収まるだろうとほっとするのでした。
「万事子供の私がした事で、私が悪いという事にすれば何でも丸く収まるんだから。」
蛍さんにすれば、何時もの母の教えを実践しただけの事だったのです。
そしてこう呟くと、何だかやり切れない気持ちで溜息をふうっと吐くのでした。
「あとは私がごめんなさいと謝るだけね。」
こう覚悟を決めて、廊下の窓から外を眺めていた蛍さんの表情は、この時誰も見る事が出来ませんでした。
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