やはりお前は普通の子だよ。
「そうだったね。」
そう言うと祖母は私にくるりと背を向けて、一旦階段へ向かう気配を見せた。そんな祖母に、私の心中は些か無念さを覚えるのだった。そんな私の気配を背中に察してか、まぁ、
「まぁ、姉さんの仕込みがいいんだね。子供を如何教育した物やら。あの子だとこうは仕込めないね。」
祖母は取って付けた様にそう言うと、フフッと丸めた背の向こうで笑った。
そうして祖母は時折、私に対して彼女の肩越しに自分の笑顔を見せると、妙に姉さん事私の母に対して感心する素振りを見せた。そんな彼女の笑みは再び幸福そうな女性の笑顔に戻っていた。
さて『嫁姑』、そんな言葉を世間に出て覚え染の頃の私だった。祖母の言う姉さんが母だと察すると、私の目には幸せそうな祖母の笑顔が奇異に映った。姑が嫁を褒めて幸福感に浸っている、それは世間一般では妙な事では無いか、お祖母ちゃんこそ変わった姑ではないか⁈。そう思った私は、お祖母ちゃんこそ、…。私はここで何と言おうかと迷った。私が『姑』と口にするのは口幅ったい感じがした。
「お祖母ちゃんこそ、変わった大人だね。」
祖母の言葉の「子供」に対して「大人」なのだから、これでよいだろうと私は内心思った。
祖母はあれぇ!という感じで、意外な驚きの表情をやはり彼女の肩越しに見せた。今迄の彼女のお道化た雰囲気は急に鳴りを潜めて、静かで微動だにさえしない老婦人の地味な和服の後ろ姿が、彼女の向こうに有る洋間の壁に設置されていた焦げ茶色の洋箪笥の木目模様を背景にその洋間に馴染むように浮かんだ。洋間も祖母も、全くの静寂の中にいた。私も口を閉じた。が、私の目は笑っていた。案外思い通りに言葉を操り、今話す事が出来たという事実が私を満足させていたからだった。
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