蛍さんの父が2階に駆け上がり、娘の病室への廊下を走るのももどかしく、
勢い付いた儘でだっーと病室の入り口に飛び込むと、丁度事は行われる最中で、それは彼の目の前で終焉を迎えました。
ばしっ!
蛍さんの額の上で音がして、この時、義姉と義弟の目と目が合いました。
「何するんだ、あんた!」
蛍さんの父はそう言うと、きゅっと唇を噛んで目を怒らせると、蛍さんの寝ている寝台に近付き、義姉の手から箒を取り上げました。
それは病室を掃除する箒でした。彼女はその箒を両手で逆さまに持って、その柄で蛍さんの額を面とばかりに叩いたところだったのです。
父が病室の入り口に立った時、その箒は打ち下ろされ宙を下りている所でした。
一瞬父の姿が目には行った伯母は、それが義弟と分からなくても、人の気配に振り下ろす手を躊躇して仕舞いました。
その為箒の勢いが削がれ、手元も狂い、打ち身に合わせようと狙ったところから外れ、箒の柄は蛍さんの額に命中したのでした。
眠っていた蛍さんは大きな音に目を覚ましました。
目を開けようとしましたが、何だか目の前が真っ暗で目が開きません。その後漸く目に映った視界も、いつも見ている世界とは何だか違って見えます。
何しろ彼女は片方の目だけで物を見ていたのですから、何時もと比べると、目に映る世界は要領を得ないというものです。
それでも、目に入る2人の表情から、段々と父と伯母が険悪な雰囲気だという様子が分かって来ました。
何しろ父の言葉が何時になく乱暴で、語調も荒々しい物でした。伯母も父に負けずに何やら盛んに言い争っています。
その2人の声を識別する事が出来るようになった頃、彼女は父にお父さんと声を掛けるのでした。
「お父さん、如何したの?」
その声に父は振り向いて蛍さんの顔を見ました。そして、酷く驚いた表情になり、
「医者だ、医者だ、義姉さん医者を呼んできてくれ。」
と叫ぶのでした。
「そのままにしておいたら。」
と伯母は言い、どうせ助からないんだから早い方がいいでしょう。本人も苦しまなくて済むんだから。と続けて言うのでした。
蛍さんの父は
「いや、私はまだ諦めていないんだ。」
「駄目でも出来るだけ長く、この子には生きていてもらいたいんだ。」
と強く主張するのでした。
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