Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 102

2019-11-24 14:47:21 | 日記

 「やぁ、漸く座敷に春が来たな。」

「もう夏も近くなるというのに。」

私が気が付くと父が廊下側の入り口に立っていた。私はハッとして自分の血の出ている方の手を後ろ手に隠した。何食わぬ顔をしていたつもりだったが、この私の態とらしい行動は目敏く父に見つけられた。彼はひょっ!とした顔付きで目を見開いた。そしてまじまじと私を見詰めて来た。私はしまったと思った。

 「やっ、お前、今何か後ろに隠しただろう。」

彼は私が菓子か何かを手に持っていてそれを後ろに隠したと思ったようだ。

「未だご飯を食べて間が無いだろう。」

彼はそう言うと、お八つの時間には未だ大分早い、間食はいけないぞと、どれどれという感じで私の隠した物の正体を見極めようと、私の傍へとやって来た。

 父が1歩足を縁側へ下ろした途端、

ガクン!

床板が揺れて彼は後方へとバランㇲを崩した。しかし彼は流石に大人だ。不意の衝撃に崩れるバランスを持ち堪えた。自身の体位を立て直したのだ。私はこの父の様子に流石だと思った。その後父は1、2歩あるくと、振り返って今ほど下がった床板を見た。下がって縦揺れした個所を確認したのだ。「危ないなぁ。」お前大丈夫だったのか?父は私の顔を見て尋ねた。

 「うっ、…うん。」

私は正直に怪我したと言った物かどうかと一瞬迷った。血が出たと言っても僅かな事だ、このままにしておいていいんじゃないかな。隠した掌の、先程見た小さな赤い丸い粒が脳裏に浮かんだ、続いて、ヨードチンキの小瓶やガーゼに含まれた臙脂色が瞼に浮かんだ。私は一瞬目を閉じるとふるふるっと頭を振った。『それは嫌だな。』。

 何とかそれをしないで済まないだろうか。そんな事を考えて目を細くすると、歯を食いしばる様にして微笑んだ。父はそんな私の様子に、

「お前何だかおかしいな。」

明らかに様子が変だぞ、と、言うと、どれ、と言って、彼は私の後ろに顔を回すと私の軽く握りしめている拳を見つけた。

「手に何を持っている。何か良からぬものだな。」

と父は不機嫌に言ったが、私は「何も、何も持っていないよ。」と、正直に答えた。

 そしてこれは本当だと内心舌を出して思った。しかし、怪我の事は言いたくない。何とか父に怪我をしていると分からないようにこの場をやり過ごせない物だろうか。私は内心冷や汗物で、如何したらよいだろうかと迷っていた。実は正直に話して、父に怪我の手当てをして貰った方が良いだろうかと、そんな考えも捨てきれずにいたのだ。


今日の思い出を振り返ってみる

2019-11-24 14:45:39 | 日記
 
いつつ、いっぱいのパイ(2)

 唯、チョコレートパイは子供が留守の間に作ったので、私が実際に作る所を子供自身は見ていませんでした。両親は私が作り始めた最初からか、途中で帰宅して来たものか、兎に角私が作っている光......
 

 チョコレートパイ、また作ってみようかな。


うの華 101

2019-11-23 10:55:24 | 日記

 こんな古めかしい木のせいで怪我するところだった。「もう!」と私は床を掌でバシバシと打った。

「痛!。」

私は新しい痛みに声を上げた。床を打った掌を仰向けてみると、赤い血がにじみ出ていた。手を板に打ち付けた事で私の薄い手の皮が破れたのだ。又は板のささくれた部分にでも皮膚を引っかけたのだろう。血は丸く小さく膨らんで来た。私はこの思わぬ出血にげんなりした。あの沁みる薬を塗らなければいけなくなったからだ。

「短気は損気だな。」

部屋の中から呟くような感嘆するような祖父の声がした。これがそうだね、あの子は地で行ったね。割合短気な子だね。そんな静かな言葉を、彼は如何やら自分の連れ合いに語り掛けている様子だ。お父さんたら、祖母も夫に答えていたが、やはりぼそぼそとあまり気に障る様な事を言うなと言うと声を落とした。

 私は隣の部屋の祖父母の話を気に留めずにいた。自身の怪我の事で頭が一杯だった。怪我したと母に言うかどうか、言わずにいるという訳にも行かないだろうと思うと気が沈んだ。溜息を吐いて躊躇すると、その場に留まり出血の原因となった物を探した、確かにちくっとした物があった感じだ。手で叩いた床の部分をよくよく見詰めて探ってみた。すると、板の割れ込んだあたりに小さなささくれの尖った部分が目についた。これだなと思った。指先でそっと触れてみると、確かにつくつくとした抵抗感がある。

「こんな所に思わぬ伏兵が。」

当時の子供達の遊びの中で使われている言葉を使うと、ははは、聞いたかい?。ホホホ、ええ。と、障子の向こうは急に華やかで明るい雰囲気へと変わった。その後は笑い声と祖父母の弾んだ話声が続き、我が家の何時もは静かで荘厳な年寄りの部屋は活気を帯びてぱっと春めいて来た。私はそんな隣の部屋の様子を喜んだ。昔と比べ最近は重苦しく沈みがちな彼ら2人と2人の部屋だったのだ。

『昔のようにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが明るくなった。』

楽しそうで良かったと思った。私は一瞬自分の怪我の事は忘れて目の前の白い障子の紙を見詰めていた。


今日の思い出を振り返ってみる

2019-11-23 10:53:39 | 日記
 
いつつ、いっぱいのパイ(1)

 5番目のパイ作りでこのお菓子のエッセイは一応終了にしたいと思います。 私にとってのパイ作りは、かなり後年になってから行った洋菓子作りでした。そうですね、これはお菓子のエッセイ......
 

 良いお天気になりました。天気予報通り暖かい気がします。


うの華 100

2019-11-22 13:54:40 | 日記

 私の言葉に祖母は心底安らかな微笑みを浮かべた。彼女は床に腰を下ろしている私に合わせて、少々身を屈めると、

「お祖母ちゃんも歳だからね。」

と言った。足腰が弱っているのだと説明すると、ゆっくりした動作で加減をみながら行動しないと、祖母の年代は大怪我をして動けなくなる、悪くして骨折したりすると寝たきりになる、そんな事は嫌だと説明してくれた。それから彼女はそっと膝を落として私の傍に静かに正座して落ち着いた。

「私はまだまだそんな年寄りにはなりたくないからね。」

そう言うと、彼女は相変わらず穏やかな微笑みを浮かべていた。

 祖母は一旦ここで話を切ると、何やら言いたい事を我慢しているらしく口をもごもごさせて私を見ていたが、

「縁の床がね、」

と言うと、続いて一言二言。「傷んで来てね。」「誰かが乱暴に扱う物だから。」と、ちろりと上目遣いで私の顔を見た。

 私には一向に祖母の言う言葉の意図がさっぱり理解出来ないでいた。それで今回は怪訝な気持ちを普通の笑顔で表した。えっ?なあに?という様な、合点のいかない問いかける様な気持ちを微笑みにして祖母に返した。すると祖母は意を決したように普段の面持ちに返ると、

「この縁で、散々飛び回ったり走り回ったりした人がいたものだからね。」

と一気に言った。

 床板が傷んで散々だよ。いい板だったのに。年代物でさ。下の土台迄ぎすぎすいう様になって。お父さんまで不平を言い出す始末さ。「これもそれも誰かのお陰でね。」祖母は割合生真面目な顔でそう不平を言って締めくくった。続いて、この家は古いんだからね、住んでいる者が大事に扱わないと。今では上がガタついて落ち着いて歩く事も出来なくなっているんだよ。これからはお前も少し気を付けておくれね。祖母がそう注意して来るものだから、漸く私はこの縁側の床板の傷みに合点した。私は祖母に確かにそうだと相槌を打った。

 その後私の返事に安堵した祖母が縁側から消えると、私は2、3日前の事を思い出した。

 その日私は普段通りに廊下を歩いて来ると、ひょいと縁側に入った。何気なくぽんと1歩足を床に下ろした途端、ガクン、床板が沈み私はつんのめった。普段と勝手が違う床の動きに私はかくっと片膝が折れた感じでもんどりうって縁側に投げ出されひれ伏した。

 ああビックリした。私は床に両手をついて身を起こした。その時目の前に間近に板の模様を見た。こんな古めかしい板の反動のお陰で転んだなんて、私は不愉快になった。縁の桁板は我が家にある木材でもかなり古めかしく、漆塗りされた材の中では相当傷んでいる部類の木材だった。1枚の厚みは優に10cmはあるだろうか、長い辺は畳半畳近い長さが有り、短い辺は4、50㎝はあるだろう。元々はこれらの板が整然と並んだどっしりとした趣のある縁側だったのだろう。縁の下には大きな平たい踏み石が置かれ、土むき出しの湿っぽい土間が広がっている。土間に降りると右手方向から中庭に出る事が出来た。そこには大きなガラスの入った木の開き戸が1つ据えられていた。これも古めかしかった。が、縁が和風なのに対して扉は洋風であり、この縁側の統一感を欠いていた。先ず大きなガラスが入っている点がそうだ。次に引き戸でなく開閉する開き戸なのが異質だった。戸の素材も周囲の木材より新しく、ミスマッチしていた。

 この縁側は元々は庭に向けて開放されている場所らしかった。雨風に備えた年代物の降ろし扉が2つ、折り畳まれて上部に上げられ屋根下にまだ存在していた。降ろし扉の下、中間部には木枠に小さなガラスがはめ込まれた格子状の窓があった。窓の下部は木材の壁になっていた。そんな点は近代の建築、新旧取り混ぜた建築構造になるのだろうが、この窓枠の壁は地面に固定されておらず隙間が存在していた。その為庭に面したこの壁は、強い風が吹く度に根本部分がゆらゆらと揺れた。上部は確り屋根にくっついていたから、案外土台の木部が朽ちて周囲の土と同化し、消失したのかもしれない。それほど家は年代物の家と言えた。私達家族は、祖父の代にこの家を購入し、引っ越して来ると住み始めたのだ。

 さて、顔を上げた私は自分の膝小僧等、怪我をしていないかどうかと、痛みを感じる部分に目を遣り確かめてみた。赤い血は出ていなかったのでほっとした。この時は打ち身だけだったのだろう、膝が少々痛んだが、私にすると怪我無しで良かったと感じた。もし怪我をして血が出ると、ひりひり沁みるヨードチンキを塗られるのだ。痛い上に沁みるのだから、擦り傷や怪我に慣れて来たこの頃の私に取って、この怪我薬のヨードチンキは願い下げという代物だった。気付くと掌が痛い。怪我かと思って慌てて眺めた。が、こちらも幸い血が出ていなかったのでほっとした。それでも表皮は白く擦った部分や打ち付けて赤くなった部分の打ち身が有るという掌の異常に気付いた。