junjunのはなまる日和&ときどきネパール

日々の暮らしとネパールのことなど・・・。

続カタツムリ歩行 武蔵野線・東松戸 

2017-04-27 10:01:08 | カタツムリ歩行
 2017.4.16(日)

東松戸駅は武蔵野線・西船橋駅から数えて4つ目の駅です。 

カタツムリ歩行が始まった1991年には、北総線の東松戸駅はすでにありましたが、武蔵野線の東松戸駅はありませんでした。(武蔵野線・東松戸駅開業は1998年3月)


カタツムリ歩行の記録を見ると、

1度目は 北総線東松戸駅 1993(H5)4/5日
2度目は 武蔵野線・東松戸駅開業後の 1999(H11)3/21日
3度目が 2003(H15)10/21日 となっていました。

今回で4度目。(実は、私はもう一つの歩き とねるず でもここ東松戸駅集合をしているのと、カタツムリ歩行100回記念別冊ガイドを作るために一人でも歩いているので今回で6度目かそれ以上になります。) 

いつものように10:00集合 三々五々の出発です。



私は少々風邪気味、翌日からのこともあるのと、亀田さんは膝の調子が悪いということで、二人で超・最短コースで歩くことにし、広龍寺を通ってゴールの春日神社に直行しました。


広龍寺

右手には古い庚申塔(嘉永5年(1852造立))があるはずですが、写真は撮らず終い。(20年前には写真も撮りましたが探し出すのが大変で・・・。saikoroatさんのあるきメデスに写真と丁寧な説明がありました)

本堂前のサクラは古そうですが、大分弱っているように見えます。


本堂から振り返って山門方面を見たところ。


本堂前左手のこの石像はそう古くはなさそうですが(といっても20年前にはすでにありました)、花(ぼたん?)、十二支の動物や龍などが掘られりっぱなものです。


       

       
スイレン鉢に浮く花びら


青空を空かして見るサクラ


アスファルトを飾る花びら


他ではほとんど散っていたのですが、今年見納めの桜となりました。


ここから5分ほどのところがもうゴールの春日神社。

私たちはこちらの正面階段から上がりました。




11時ころには着いてしまいましたが、亀田さんはスケッチを、私は芽を出し始めた木々の緑の美しさを愛でながらゆっくりと時間を過ごし、他の皆さんの到着を待ちました。

昼食後ミーティング、1時前に解散となりました。


※第3日曜の4/16日のカタツムリでしたが、17日の月曜には書き始めていたのですが、なにやかやと忙しくパソコンにゆっくり向かっている暇がなく今頃になってしまいました(しかもたったのこれだけ!)。

そして、第4日曜(4/23)はとねるずの歩きでしたが(今回はアサヒビールの工場見学がメイン)、これもいつになるやら・・というところです。 ・・と思ったのですが、意外とその日は早く来ました。 4/30日には書けました。



続・カタツムリ歩行 新八柱 

2017-02-21 14:24:21 | カタツムリ歩行
 2017.2.19(日)

「カタツムリ歩行が始まってもう27年目」と事務局を引き受けて下さっている土井さんがおっしゃっていました。

“カタツムリ歩行”として山さんこと山浦正昭さんの提唱で西船橋駅から府中本町までの武蔵野線を、1年に1駅づつ、年10回歩き、22年がかりで府中本町まで行くということを始めました。(この間に新駅が2つできました)

そして、続・カタツムリ歩行として逆に府中本町から西船橋に向かって、月に1駅づつ戻り始めて5年目。今年が最後の年となりました。


今日は 武蔵野線 新八柱駅 です。 10:00過ぎ出発。

いつも丁寧に歩いて “歩きメデス” にアップして下さるsaikoroatさんがお休みでした。

私はいつものことながらあまりたくさんは歩けそうもなく、いくつかの神社・寺院しか回らないのと写真もあまり撮らないので簡単にしか書けないのですが・・・。


スタート時、いつも武蔵野線の線路を基準に進む方向が何となくわかって歩き出すのですが、今日は、新京成電車で行ったため気がつかなかったのですが、武蔵野線の新八柱駅は地下にあり、線路が見えずちょっと戸惑いました。

歩き始めてじきに、地下から出てくる武蔵野線を見ることができました。

南北に走る武蔵野線をはさんで東に行ったり西に行ったり又東に戻ったりと駅の南側一帯を歩き、ゴールを目指しました。


最初に向かったのは白髭神社。 まわりは山が削られて住宅地になったようで、神社は崖の上という感じです。


正面の南側に回りました。



次に回ったのはすぐ近くにあった徳蔵院。こちらも寺院の裏に出ました。

車の出入り口から入り、表に回ります。


フェンスの向こうを見ると、二階建ての住宅の屋根が下に見えますので、ここがかなり高いところというのがわかります。


今日は北から南へと歩くようになったので、裏から入るようになることが多くなったかも!

徳蔵院本堂 ウメが見ごろでした。

本堂やまわりの建物も、建て替えてからそう年数は経っていないようです。 創建は約600年前だそう。

赤いエプロンの6地蔵は石の削れ具合からしてかなり古そうにみえました。


本堂に向かって右手に珍しい無患子(むくろじ)の木があり、立て看板に「実はお持ちください」とありましたので、戴いてきました。 植えたら芽がでてくるでしょうか?
             
             
この先に仏舎利塔がありましたが写真には撮らず仕舞いでした。


表の通りに出ようと坂道を下っていくと、松戸七福神の幟がはためいていましたが上がるのはやめました。寿老人が祀られているようです。



次は、少し離れたみのり神社を目指すのですが、途中で武蔵野線の下をくぐり、線路の西に出ます。


みのり神社。祭神は弁才天。

建物は小さいですが、謂れによると、創建は天文年間(1538年)とのことで、S40年にみのり神社と改称したとの説明がありました。


さらに南に向かって歩くと、小さいけれどしっかりと護岸工事のされた水路に出ました。橋は直刀橋(ちょくとうばし)


近くに安楽寺があるらしいのですが、ショートコース組はそちらにはまわらず、ゴールを目指すことにしました。

河原塚小学校の南を通り、武蔵野線の線路をくぐりなおしてすぐのところがゴールの熊野神社でした。


拝殿は朱塗りのりっぱなものです。


隣に菅原道真公を祀った新しい祠があります。(H27年築。 もともとここに天満宮があったそうですが、いつしか忘れ去られていたものを再建したとの説明あり。)



昼食後、ミーティングを行い、1時過ぎに解散となりました。



続・カタツムリ歩行 南流山

2016-10-18 16:43:35 | カタツムリ歩行
 2016.10.16(日)

今日は続・カタツムリ歩行の日

武蔵野線 南流山駅 10:00集合

午後に用事があるため私だけ午前中だけの参加とし、一人だけでほんのちょっと歩いて帰りました。

南流山駅東口を出発。


マンホールのふたの絵柄はツツジでしょうか? 近くにいた流山市民の事務局のDさんにお聞きしましたが、ご存じないとのこと。


少し歩いたところに、にぎやかなハロウィン飾りのある商店らしい家がありました。




          2階の窓にもたくさんの飾り。
          

ちょうどご主人が車の手入れをしていてお話をお伺いできました。

かつては商売をしていたということですが、今は何もしていないとのこと。 
みんなが喜んでくれるので趣味で飾り付けをやっているそうです。 クリスマスの時も?とお聞きすると、そうだよ とのことでした。 何とサービス心旺盛な・・・!


駅からそう遠くないところですが、このお宅のすぐ近くに畑がありました。(貸農園?)

作物らしいものはあまり見えませんでしたが、まわりに植わっている花はきれいです。

アメジストセージ


            ダリヤ、アルストロメリア
            
          
                    エンゼルストランペット



先ほどのご主人が、ここからまっすぐ行くと鰭ヶ崎小学校・・と教えて下さったのでそちらに進みました。


鰭ヶ崎小学校のフェンスの中の幹のよじれた木が目に入りました。葉を見てもなんの木なのかわかりませんでした。



ここから雷(いかづち)神社を目指します。


かなり昔から住んでいらっしゃるらしい農家もそちこちに見受けられます。





雷(いかづち)神社は何と、大きなマンションに挟まれ、谷間のようなところにありました。

数百年も昔からいらっしゃる神さまも最近の開発には逆らえないのですね・・・。

            近くに咲く黄色のエンゼルストランペットもきれいです。
            


その先の坂川を渡ります。

上流方面。


川を渡り終えすぐのところの広い庭のお宅には秋の花がたくさん咲いていました。 オミナエシ、フジバカマ、ホトトギスなどなど。 ・・が、下の2つ以外遠くてうまく撮れませんでした。

アメリカデイゴ(これは秋の花ではないかもしれませんが)


            パンパース
             


このあと、一本裏の道に入り女躰神社に向かいます。


女躰神社


鳥居新調記念碑に、嘉永元年(1848)2月の鳥居が破損著しく新調奉納したとの記述がありましたので、神社の創建もその頃かそれ以前ではないかと思われます。

本殿左手にあるちいさな新しい石塔ですが、元治元年(1864)銘が入っていました。 たぶん風化したために新しく作り替えたのではないでしょうか。


1本切られていますが、このクスノキ(シイノキかも!)がその歴史を物語っているような気がします。


大杉神社、稲荷天神社、大山阿夫利神社、三峰神社、天満宮のりっぱな合祀社殿が建てられていました。



このあたりはもう駅からはかなり離れていますので(と思ったのですが、すぐ近くに流山線の小金城址駅がありました!)ねぎの畑などもあちこちにあります。

ネギの畑で働いていたお年寄に正福寺の場所をお聞きし、そちらに回りました。



正福寺(しょうふくじ)は無住の寺院でした。


現在、墓地を整備中のようで、地蔵堂や石仏などもたくさんありますが、数か所に集められている感じがしました。

地蔵堂。


            

古い石仏など・・・


本堂の裏の方にも石仏がまとめられてありました。



   

         

                
  

ここで11:30分を回りましたのと、寺院が無人でしたので、一人だけですが、ここで早めの昼食を摂らせて頂くことにし、お弁当を開きました。



正福寺から南流山の駅に出ようと歩いていると、横須賀中央公園に出ました。

横須賀中央公園のハナミズキは大分色づいています。


公園の西側はケヤキ並木になっていました。 春は芽吹き、夏には緑が日陰を作り、これからは黄葉の季節、いいですね!



小金高校と小金中学校の間を通り、線路沿いのマンション群に突き当たったところから線路に沿って西に進み、途中、坂川を渡り返しました。

このあたりはもう駅に近いこともあり新興住宅地ですが、それぞれのお宅の庭にはいろいろな花や実が見られます。

この実はどなたかののブログにもあった気がしますが緑の実が色づいてこんなきれいになるのですね。(かぼちゃかカラスウリをすご~く小さくしたような実)どんな花が咲いたのかな~?

ネットで調べてみましたら、正式名はオキナワスズメウリ(流通名『源氏名のようなもの』が琉球オモチャウリだそうです)

      シュウメイギク
      

            シロシキブ
            

ピラカンサももうこんなに色づいています。


よそさまのお宅の花を眺めながら(あるときはのぞくようにもなり)朝の集合地・南流山駅に向かい、家路につきました。



続・カタツムリ歩行 北総線・矢切

2016-09-19 17:57:43 | カタツムリ歩行
2016.9.18(日)

北総線 矢切駅 10:00集合。 

改札の正面には、かつて矢切の渡しとして活躍した船(実物・全長約10m)が展示してありました。


1997年に船でお嫁入り・・・という新聞記事とともに写真も飾ってあります。
のどかで素敵な風景ですね~!
          


ここは矢切駅南口? 階段を上り外に出ると目の前を松戸~市川道路が走っていました。



なるべく車の少ない裏通りを・・ と、松戸道路と平行した裏道へと歩き始めましたが、裏通りも車の通行は頻繁で、立ち止まっていたりするとかなり邪魔になったかと思われます。

最近は塀や庭を花で飾っているお宅も多く、私たちの目を楽しませてくれますね。

            なんとかわいい・・・。
            


やがて墓地が見えてきました。 地図で確認するとそこは中原寺(ちゅうげんじ)。 

中原寺山門。


彼岸が近いこともあり本堂ではお法要の最中でした。 サクラのころもいい絵になりそう・・・。

本堂前に座っていた植木屋さんらしい方がいろいろ教えて下さいました。

本堂右手の門徒会館と庫裏という建物も趣のあるものです。上にちょっと見えるウメが似合う!


境内はそれほど広くはない(狭いといったほうが当っている)のですが、白ハギが雨に打たれ咲きこぼれているのもステキです。


中原寺は四季折々絵になるお寺さんです!!



そのまま裏通りを歩いていくとこんな看板が目に入りました。 回向院カフェ。 お寺でカフェ? 面白そうなので入って見ることに。 (こちらは回向院の裏手のようです) 


回向院・表門はこちらでした! 

回向院は元禄8年(1688)の創建で、最初は浅草にありその後本郷に移りさらに墨田区太平に移り、関東大震災後、昭和2(3?)年に現在の地に移ってきたとのこと。

一言観音堂なるものがありました。 一言なにか言いたい人のため?それとも一言なにかいいことを教えてくれる?

後でネットを見てみましたら、一言お願いすると、願いが叶うといわれ、江戸のころはかなりにぎわったそうです。 ・・が、今この地ではひっそりとしているとか。

本堂の2階がカフェになっていました。 本堂は平成21年に建て替えられ、外からも目立つ木の柱は建物内外に全部で108本だそうです。


本堂前に古そうな石仏があり、一つに延宝7年(1680)とありました。

お供え物のように、前に石がいくつかづつ置いてあります。 なにかいわれがありそうですがわかりません。

このような像もありました。 これは聖観音とのこと。

 
裏から入りましたので、帰りに、赤い山門をくぐって外に出ると目の前は松戸~市川道路でした。


表通りは歩きたくないので一本奥まった細い通りを進むことにし、きょろきょろしたすぐそこに西棲院(さいしょういん)がありました。


西棲院山門


中に入れて頂くとそこはこじんまりした普通の民家のようでした。
     


庭からすぐの裏手に細い通りが見え、出ると、目と鼻の先に即隋寺(そくずいじ)がありました。(この細い通りは回向院カフェの裏手の看板のあった通りのつづきでした)


即隋寺(そくずいじ) 

正面の建物前に趣味の展示会が行われているという看板がありましたので見せて頂こうとしたのですが、ちょうどこれから読経が始まる時間で、終わるまで30分くらいは拝見できないとのこと。 

展示は右手の本堂にあったのかもしれません。後ろ髪をひかれる思いであきらめました。


結局最初歩いた中原寺から続く細い裏の道を歩くことになったわけですが、国府台小のはずれくらいのところに根本時がありました。

根本寺山門


根本寺本堂


いくつかの寺院を見てきて、コンクリート造りの本堂が多いなと思いました。 燃えにくくていいのかもしれませんがイマイチ趣に欠けるなぁと・・・。 それとどの寺院もまだ新しそうに見えました


地図にあった泉養寺は行かずじまいでした。 最初の中原寺から表通りに出たら寄れたのでしょうが、裏通りを歩いて、回向院を出て南に進んでしまったので通り過ぎてしまいました。



このあと、じゅん菜池も近そう・・・と回ることにしました。


ここがそうかな?と入って行ったところは個人のお宅だったかも! 


小さなゴルフの練習場がありました。

そして井戸も。東日本大震災の時のように水が止まってしまったら大いに役に立ちそうです。
          

ここまでの裏道で見かけたかわいいこの花はヒヨドリジョウゴかな?


この赤い実はサンゴなんとか・・・といったような。
          



少し歩いてじゅん菜池に着きました。 


なかなかいい空間です。 ただ座ってボ~ッとするのもよし、散歩によし、花見もよし、ジョギングなどもいいかもしれません。


池の西側を歩いてじゅん菜池の南端に出ました。 ここが正面入り口のようでした。
 


集合時間が近づいてしまったこともあり、ここからは急ぎゴールに向かうことにしました。


松戸道路に出て、そこを横切り里見公園を目指し、里見公園の中を通ったのはいいのですが、公園内で迷いそうに!

カワセミの撮影をするらしい方がたくさんにいらっしゃって、天満宮の場所を教えて頂きました。

公園の外に出ると右の方にお仲間が見えました。 そこが、ゴールの国府台天満宮のよう。

そのちょっと手前の公園内の少し土手になったところにたくさんの彼岸花が咲いているのを見つけました。 少し遠回りしたけれど、これを見られたのはラッキー!!



ゴールの国府台天満宮


昼食後のミーティング 


会を運営して下さっている土井さんご夫妻が6月にフランスに行かれた時のお話を伺い解散となりました。



帰りは矢切には出ず、バスでJR市川駅に出、乗り変えなしで帰ることにしました。


帰りにも公園の外側にずら~っと並んで咲く彼岸花が見られました。 日当たりの関係もあるのでしょうが、 白は今が見ごろ、赤はもう少し先に満開になりそうです。
     


バス停に出ようと、歩いた道は里見公園の外側。 あらら・・ 私たち行きにこの道を進んだら、公園の中で迷うことなくまっすぐゴールに向かえたのにね、と笑い合いました。


総寧寺山門前を通り・・・


こんなところにひなびた家が・・・玄関前にはおけに赤い実が活けてあったり・・・ と思いましたらちゃんと説明板がありました。 千葉県指定無形文化財になっている式正織部流茶道の建物とのこと。

(ブログの最初、日付の前に入ってしまった写真の取り消し方法がまだわかりません・・・)

私のほか数人、国府台病院前のバス停に着き、市川駅でお別れしました。


今日私が見かけたマンホールのふたは saikoroatさんのあるきメデス にあった 矢切の渡し のデザインのものとこちらの 松だけ のもの、それに・・・

サイズの小さな(直径30㎝くらい)魚(鯉?)の入ったこちらのデザインのものだけで コアラ の物は見られませんでした。
          



続・カタツムリ

2016-04-18 00:01:33 | カタツムリ歩行
 2016・4・17(日)

続・カタツムリの日。 武蔵野線 新三郷駅集合 

あいにくの雨と風でしたが、10時過ぎ歩き始めました。。歩き始めはそれほどでもなかったのですが、昼食後は台風並みの風と横なぐりの雨になりました。

既にsaikoroatさんがあるきメデスに書いていらっしゃいましたが、私たちはsaikoroatさんと反対の西口2Fからスタートしました。


駅の前には20年前にはなかった大きなショッピングセンターが出来ています。
ららぽーと、コストコ、ニトリ、イケアなど・・・


歩き始めてすぐにマンホールのふたを見つけました。ツツジのデザインでしょうか・・


駅近くのマンションにはきれいなシャクナゲが咲いていました。行きに見たものより帰りに見たもののほうが見る角度が違いたくさん見えて豪華に見えました。それがsaikoroatさんのあるきメデスにきれいにUPされていました。




桜小学校の交差点から右(西)に少し進み・・・


武蔵野線に乗っていてよく見える屋敷林の目立つ家の後ろを通って女体神社をめざしました。


女体神社

saikoroatさんが古い石仏のことを書いていらっしゃいましたが、私は気がつきませんでした。

ここから少しだけ近道をして団地の中央商店街の中を通り抜けると・・


たくさんのこいのぼりが泳いでいました。60匹くらいはあったでしょうか。 川は第2大場川と加藤兄弟が教えてくれました。(近くの橋にも書いてありました)


大場川沿いにある三郷工業技術高校には卒業生が技能オリンピックで金メダルを取ったというお祝いの横断幕が掲げてありました。


その先の6叉路を斜めに進み延寿院を目指す途中で黒いアゲハ蝶(加藤遼太郎くんがカラスアゲハといっていましたが、お母さんが、「まことしやかに適当なことをいう・・」と言っていましたので本当の名前はわかりません)が強風で飛べないのか、コンクリートの上でよたよたしていたので、風が避けられるようにと近くのカイズカイブキの垣の中に移してやりました。


そこからすぐのところに今日のゴールの駒形神社がありました。

 
どこにも神社の名前はなく、途中で会ったタクシーの運転手さんもここが駒形神社とは知らなかったと言っていました。

まだ昼食の12時には早いので近くにある上水場の鳥を見たり、一角にある稲荷神社まで行ってくることにしました。

鳥類はこの天候のせいか、すでに北の方に帰ったからか、あまりいない上、遠くて何の鳥かよくわかりませんでした。


この稲荷神社は正式には南蓮沼稲荷神社というようです。(りっぱな記念碑にそう書いてありました)


稲荷神社象徴のキツネも記念碑に書いてあった平成3年に据えられたものかまだ新しく見えました。

オス


           メス
            


行きに、この一角だけ緑の森が広がっていると言いながら通ったところの横道にはいると奥の方にりっぱな門構えのお宅が見えました。


近くまで行ってみました・・



そのお宅につながる横道がこのすてきな通りでした。
  


途中で見かけた花

オオデマリ


  ソラマメ
     

        最近よく見かけるシラー・ベルビアナという花
          


駒形神社にもどり、雨にかからないよう神社の屋根の下を借りて昼食を摂りました。

食べている間に雨と風が強くなり、ミーティングが終るや大急ぎで駅に向かいました。

☆ ~~~~~~ ☆~~~~~~ ☆ ~~~~~~ ☆ ~~~~~~ ☆ 

家に帰ると、テレビではどこの局もまだまだ木曜と昨日に起こった熊本の地震のことを放送しています。

水やミルク、おむつ等、緊急に欲しいのにがけ崩れで橋がなくなってしまったり道路がふさがれたりで 届かない・・・とのこと。 ここ千葉にいてもハラハラしています。

なんとか、この困難が乗り越えられるよう祈るばかりです。 大変ですけれどがんばって!!