昨日、「五月が瞬く間に半分過ぎた」とタイトルを考えていたのですが、あるものを読み出して時間を食い、今日16日の午前2時過ぎ眠りこんでしまいました。
5月の始まり1日はメーデー、この辺の地域の労組が中心になって鎌倉で集会と行進があるのは承知していたのですが句会が重なり、場所の違いはありますが同じ鎌倉に向かいました。
句会でどなたかから、こんな句が、
メーデーの日だと気がつく句会の日
まことにその通り、という句。
やはりメーデーは5月1日であるべきだという思いを強くします。どういう歴史を受け止めながら次の時代に向かうのか、あらためて労働者の祭典は何を祝うのか、歳時記にも書かれています。
『角川俳句大歳時記 夏』(2006年版)
「季語・メーデー」が載っているページです。
「沖縄忌」と「海の日」も載っていますがメーデーに「初」、沖縄忌は「仲」海の日では「晩」とあるのは、初夏、仲夏、晩夏の示す略号です、夏期を通じては「三」と表示されます。
「解説 五月一日に行われる国際的な労働者の祭典。一八八六年、アメリカでの八時間労働制要求のストライキが発端と」(次ページに続く)
「メーデー」の解説の続きと例句です、
古沢太穂さんの句が詠んだような景が今年の鎌倉でのメーデーだったのでしょう、雨でした。
来年の5月1日は木曜日、句会とは重なりません。久しぶりに労働者諸氏と労働組合旗と共に……、足腰を鍛えておかなければという気になります。