いろいろな日程調整の中でやっと今日白洲正子ときもの展に松屋まで出かけることができました。
仕事から一度帰って、着付けを一緒に習ったレースドールの先生と4時に待ち合わせました。
娘さんが乳がんで手術を昨年の秋にしたことも気になっていました。
なんとかその後の抗がん剤治療も終わったようで良かったです。最近私の周りでもよく聞かれるように
なった病気です。
今まで見たどのコレクションより一番私の好きなものの集まりでした。
工芸(民藝)が多かったのも理由の一つで他には色合いです。洋服でも着物でもベージュ系に弱いのです。
刺し子がすごくすてきでした。
自分の持っている着物にもあの帯がいいのかとすごく参考になり、刺激をたくさんもらいました。
柳悦博が織った生地を古澤万千子が染めた着物「梅二月」
結城紬、久米島紬、綿薩摩など素晴らしかったです。半幅帯も多く私も買ってまだ締めていない半幅帯があるので
生活の中に取り入れて行きたいと思いました。今日は少し暖かかったので、仕事から戻ってすぐ出かけたこともあり、
久留米絣の生地で作ったコートのようなワンピースを着て行きましたが、綿って結構暖かいので驚きました。
「きものは自分の為に着るといっても、本来人に見せる為にあるものです。
おしゃれとは、虚栄心以外の何物でもない。だから、見せる為に着ていいのですが
見せびらかす為に着る必要はない。それでは、たのしんでいるとはいえますまい。
要は背伸びをしないことで、度々いいますように、自分に似合ったものを見出すことです」
白洲正子『きもの美』より
「私の両親(白洲次郎・正子)は暮らしていくのに伴うすべての事に彼ら独特の考え方、対処の仕方を持っていました。
(中略)彼女(母・白洲正子)は、着物も洋服も、衣服として一緒に認識し、選ぶ時もなんの区別もしていなかった様に
思えてきました。(中略)
着物に帯や小物を合わせる時、なにか世間のやりかたと同じではなく、自分だけの独特のやり方をしたいと試みている
ようでした。洋服にもそれが顕著に見られました。いつも最初に心がけた事は、英語のドレスダウンではないかと思います。
父も母もその場を超える服装をする事を、大変嫌っておりました。」
見終わった後で、前結びのデモをやっていたので見ていたら、着付け教室の先生がオフで洋服姿で
いらしたのに会ってびっくり。洋服姿は初めて見ました。
私が初めて着付けを習おうと思った早比楽はやっぱり優れものだと見ながら又思いました。
その後、木村屋の2階でいろいろ着物のことを話して、時間のたつのを忘れました。若い頃型染めを
されていて、京都で住み込みで組紐も習ったりすごく積極的な方ですが、今でも早稲田の安い洗い張り屋さんを
みつけたり、お嬢さんの病気でしばらく動けなかったようですが、また活動を開始されたようでした。
写真はFashion Headlineより
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