1998年に開かれた長野オリンピック。その開・閉会式の制作プロジェクトに
参加していた。3年がかりの仕事だった。開会式のオープニングは長野市・善
光寺の鐘の音だ。鐘をつくのは「堂番さん」と呼ばれる人の役目。鐘楼の陰か
らその堂番さんにキュー(合図)を出した。
あれから10年。今も手元にある「台本」には、この鐘と共に「聖なる時間が始
まる」と書かれている。
昨日(26日)長野市で行われた北京オリンピックの聖火リレーをテレビ中継
で見た。長野に至るまでの各国での騒動は知っていたものの、それでもあの聖
火リレーの光景は、やはり異様だった。沿道に市民の姿はなく、3000人の
警官と赤い旗が両側を埋め尽くす中を、100人もの人垣に隠れた聖火ランナ
ーがおどおどと走っていく。まるで護送だ。
そして皆の予想通りに、何人かが乱入し、もみ合い、押さえ込まれた。また発
炎筒や紙くずも投げ込まれた。そのときの走者は卓球の愛ちゃんであり、欽ち
ゃんであり、つまり確実にテレビが生中継するであろう「人選」で仕掛けてき
ていた。アピールが目的なら当然のタイミングであり、ある意味でテレビの存
在自体が騒動に加担していたことになる。いわば”劇場型騒動”だ。もちろん
「聖火リレーを中継しない」というのも無理な話だが。
どうやら今後も「あまり祝福されないオリンピック」という印象のまま進みそ
うな気配だ。
さて、たまたまだが今日27日(日)の「北海道新聞」に、中国に関する本の
書評を書かせていただいた。中国における日本のアニメや漫画の影響を解読し
たノンフィクション『中国動漫新人類』である。
「北海道新聞」書評欄(4月27日掲載)
『中国動漫新人類』遠藤 誉(日経BP社 1785円)
中国の若者たちの間に二つの大きな動きがある。一つは「日本動漫(アニメ&
漫画)」ブームであり、二つ目が「反日」的行動だ。注目すべきは一見相反する
両者が同時に起きていること。本書は日本のアニメや漫画が彼らの何を変え、
その変化が中国という国家にどんな影響を与えたのかを探っている。
実際に「スラムダンク」は空前のバスケブームを生み、そこから米プロバスケッ
トボール協会(NBA)のヤオ・ミン選手も登場した。またコスプレ・イベントには六
十万人が参加し、中継番組を五億五千万人が見ている。
こうした日本動漫人気の裏に「海賊版」の存在があったと著者は分析する。海賊
版自体は問題だが、彼らが動漫を知り、触れるためのインフラとして大いに機能し
たというのだ。
一方、中国政府は日本アニメ放映禁止などの規制をかけ、自国の動漫産業の育
成にやっきとなる。しかし、若者たちは〝国策〟が生み出す作品に満足できない。
「自分たちの心情を投影したり、主人公になりきることで現実の苦しみやつらさか
ら解放してくれる」日本動漫の魅力を知ってしまったからだ。ここでは日本動漫と
いうサブカルチャーが若者たちを日常生活の中で変化させ、民主化を促す「革命の
道具」として機能していくプロセスが明らかになる。まさにペンは剣より強い。
さらに本書の後半では「反日」運動の歴史と、そのメカニズムに迫っている。
中国が実践する愛国主義教育では、国家の礎としての「抗日戦争」が軸となるた
め、若者は現象面で「反日的」へと傾いていく。だが、彼らの「日本動漫大好き」
という感情も本物なのだ。
著者はこれを「主文化と次文化の間のダブルスタンダード」と呼び、動漫新人類
だけでなく現代中国そのものを解読する鍵としている。本書は日本のアニメと漫画
がこの大国を動かし始めた実情を描く力作ノンフィクションであり、新たな中国論
だといえるだろう。
参加していた。3年がかりの仕事だった。開会式のオープニングは長野市・善
光寺の鐘の音だ。鐘をつくのは「堂番さん」と呼ばれる人の役目。鐘楼の陰か
らその堂番さんにキュー(合図)を出した。
あれから10年。今も手元にある「台本」には、この鐘と共に「聖なる時間が始
まる」と書かれている。
昨日(26日)長野市で行われた北京オリンピックの聖火リレーをテレビ中継
で見た。長野に至るまでの各国での騒動は知っていたものの、それでもあの聖
火リレーの光景は、やはり異様だった。沿道に市民の姿はなく、3000人の
警官と赤い旗が両側を埋め尽くす中を、100人もの人垣に隠れた聖火ランナ
ーがおどおどと走っていく。まるで護送だ。
そして皆の予想通りに、何人かが乱入し、もみ合い、押さえ込まれた。また発
炎筒や紙くずも投げ込まれた。そのときの走者は卓球の愛ちゃんであり、欽ち
ゃんであり、つまり確実にテレビが生中継するであろう「人選」で仕掛けてき
ていた。アピールが目的なら当然のタイミングであり、ある意味でテレビの存
在自体が騒動に加担していたことになる。いわば”劇場型騒動”だ。もちろん
「聖火リレーを中継しない」というのも無理な話だが。
どうやら今後も「あまり祝福されないオリンピック」という印象のまま進みそ
うな気配だ。
さて、たまたまだが今日27日(日)の「北海道新聞」に、中国に関する本の
書評を書かせていただいた。中国における日本のアニメや漫画の影響を解読し
たノンフィクション『中国動漫新人類』である。
「北海道新聞」書評欄(4月27日掲載)
『中国動漫新人類』遠藤 誉(日経BP社 1785円)
中国の若者たちの間に二つの大きな動きがある。一つは「日本動漫(アニメ&
漫画)」ブームであり、二つ目が「反日」的行動だ。注目すべきは一見相反する
両者が同時に起きていること。本書は日本のアニメや漫画が彼らの何を変え、
その変化が中国という国家にどんな影響を与えたのかを探っている。
実際に「スラムダンク」は空前のバスケブームを生み、そこから米プロバスケッ
トボール協会(NBA)のヤオ・ミン選手も登場した。またコスプレ・イベントには六
十万人が参加し、中継番組を五億五千万人が見ている。
こうした日本動漫人気の裏に「海賊版」の存在があったと著者は分析する。海賊
版自体は問題だが、彼らが動漫を知り、触れるためのインフラとして大いに機能し
たというのだ。
一方、中国政府は日本アニメ放映禁止などの規制をかけ、自国の動漫産業の育
成にやっきとなる。しかし、若者たちは〝国策〟が生み出す作品に満足できない。
「自分たちの心情を投影したり、主人公になりきることで現実の苦しみやつらさか
ら解放してくれる」日本動漫の魅力を知ってしまったからだ。ここでは日本動漫と
いうサブカルチャーが若者たちを日常生活の中で変化させ、民主化を促す「革命の
道具」として機能していくプロセスが明らかになる。まさにペンは剣より強い。
さらに本書の後半では「反日」運動の歴史と、そのメカニズムに迫っている。
中国が実践する愛国主義教育では、国家の礎としての「抗日戦争」が軸となるた
め、若者は現象面で「反日的」へと傾いていく。だが、彼らの「日本動漫大好き」
という感情も本物なのだ。
著者はこれを「主文化と次文化の間のダブルスタンダード」と呼び、動漫新人類
だけでなく現代中国そのものを解読する鍵としている。本書は日本のアニメと漫画
がこの大国を動かし始めた実情を描く力作ノンフィクションであり、新たな中国論
だといえるだろう。
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