<碓井広義の放送時評>
救命医の信念と葛藤
医療ドラマは社会を映すか
今月下旬から開催が予定されている東京オリンピックの影響だろうか。夏ドラマのスタートが例年よりも早くなっている。オリンピックで騒がしくなる前に1話でも多く流しておきたいのかもしれない。
「イチケイのカラス」が終わったばかりのフジテレビ-UHBの“月9”枠でも、間を置かずに「ナイト・ドクター」が始まった。
波瑠が演じる主人公・朝倉美月は、あさひ海浜病院に勤務する医師。彼女を含む若手5人が、試験的に発足した夜間救急専門の「ナイト・ドクター」チームだ。一般的に病院は、夜間は医師が少なく、インターンなどが対応することが多い。
ナイト・ドクター制度の導入によって、手薄になりがちな時間帯にも十全な医療の提供が可能になる。美月たちも工事現場の崩落事故で傷ついた人たちを救ったり、湾岸地区の爆発事故現場に駆けつけたりと、連夜の活躍を見せている。
とはいえ、仕事の出来る美月や成瀬(田中圭)もスーパードクターではない。中には救えない命もある。修羅場が続く救命医の仕事に、平穏な勤務医生活を望んでいた深沢(岸優太)は衝撃を受ける。彼が抱える、医療現場に対する素朴な疑問や葛藤が、このドラマに奥行きを与えていると言っていい。
思えば、日本人が初めて見た“救命もの”は、1990年代の米国製ドラマ「ER緊急救命室」だ。原作者は「ジュラシック・パーク」を書いたマイケル・クライトン。医学博士でもある小説家が描く、医療現場に現れる社会問題が新鮮だった。
また2008年から放送された「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命」も人気を集めた。
元々医療ドラマは、生と死という究極のテーマを扱うヒーロードラマの色彩が強い。特に救命ものは、状況が困難であればあるほど、それを克服する主人公たちに拍手が送られてきた。
しかし、昨年から1年半もの間、私たちは逼迫(ひっぱく)する医療現場のリアルを見聞きしている。以前と同様に、医療ドラマをエンターテインメントとして無邪気に楽しめない人も少なくないはずだ。
その意味で「いつでも、どんな患者でも絶対受け入れる」という“正しい信念”を持つヒロインの隣に、現実的な欲望や仕事に対する“割り切れなさ”を抱える深沢のような人物を配したことが、今後効いてくるのではないだろうか。
コロナ禍で、医療問題は社会問題であることを痛感する毎日だ。ならば医療ドラマが優れた社会派ドラマであってもおかしくない。
(北海道新聞「碓井広義の放送時評」2021.07.03)