碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

『孤独のグルメ』松重豊さんは大人の男のためのヒーロー

2021年07月20日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

『孤独のグルメ Season9』

松重豊さんは、

大人の男のためのヒーロー!

 

9年前、2012年1月にスタートした『孤独のグルメ』(テレビ東京系)。
 
今回、ついに「Season9」に入りました。すでに局を代表する人気シリーズの一つです。
 
主人公は、井之頭五郎(松重豊)。個人で輸入雑貨を扱っていますが、五郎の仕事ぶりを描くわけではありません。
 
商談のために訪れる様々な町。そこに「実在」する食べ物屋で、「架空」の人物である五郎が食事をするだけです。
 
この「グルメドキュメンタリードラマ」という基本構造は、ずっと変わっていません。
 
そして、テレビの世界で、いわゆる「食ドラマ」というジャンルを広めて来ただけではありません。「ひとり飯」自体を一種の文化にまでしてしまった。その功績も大きいと思います。
 
新シーズンの初回で登場したのは、川崎市の宮前平にある「とんかつ しお田」でした。カウンターだけの、決して大きくないお店です。
 
とんかつ屋さんに入った時、多くの人が直面する悩み。それが、「ロースか、ひれか」の選択でしょう。五郎も例外ではありません。
 
当初、ロースのつもりだった五郎ですが、居合わせた常連さんが「この店で、ひれかつに目覚めました」と語るのを聞いて、ひれかつに転向しちゃいます。
 
こういう「食べ物屋さん、あるある」も、このドラマの愉しみだと言えます。
 
目の前の「ひれかつ御膳」を堪能しつつ、五郎は言います。例によって、心の中の声、インナーボイスです。
 
がぶりと頬張って、「見た目と違って、これは紳士。いや、紳士というより淑女」。
 
どんな味だ? と思っていると、続けて「脂身至上主義の俺もひれ伏す、魔性のひれかつ」ときた。
 
食への好奇心・遊び心・感謝
 
五郎の言葉には、「ひとり飯のプロ」としての説得力があります。
 
食への「好奇心」、食に対する「遊び心」、そして食への「感謝の気持ち」。この三拍子がそろっている。
 
いや、もうすっかり五郎のペースにはまり、一緒に食べている気分です。
 
この「ひれかつ御膳」だけではおさまらず、五郎は「魚介のクリームコロッケ」も注文。クリームの中を泳ぐタコやイカと遭遇しました。
 
さらに「エビフライ」にまで食指が伸びる五郎。
 
本当は3本がセットのところ、五郎に無理がないようにと1本だけ出してくれたのは、お店のご好意です。
 
このエビフライについてきた、タルタルソースが実に美味そうでした。
 
ちなみに、この「とんかつ しお田」さん。びっくりしたのは、ご近所の店だったからです。
 
9年目ともなると、ついに自分が暮らすエリアにも五郎がやって来るのか、と感慨がありました。
 
知っている店の内部が、違う空間のように見えてくる面白さ。
 
しかも、放送の翌日、通りかかったのですが、お店の前には、見たことのないほどの「行列」が出来ていました。
 
恐るべし、『孤独のグルメ』と五郎の力!
 
「変わらない場所」の安堵と癒し
 
ドラマもシリーズ化されると、つい以前とは違った要素を加えたくなるものです。
 
しかし、『孤独のグルメ』の最大の美点は、いくらシーズンを重ねても、何ら変わっていないことにあります。
 
有為転変、千変万化の時代に、「変わらない場所」があることの安堵と癒し。
 
松重豊さんの井之頭五郎は、往年の『007』ジェームズ・ボンドや『男はつらいよ』車寅次郎などと並ぶ、大人の男のためのヒーローなのです。