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碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【新刊書評2024】 杉江松恋『日本の犯罪小説』

2024年11月22日 | 書評した本たち

 

 

個人と社会の本質的な対立構造を、

個人の視点によって描く18名の作家論

 

杉江松恋『日本の犯罪小説』

光文社 2420円

 

犯罪小説とは何か。文字通り犯罪が題材の小説だとすれば、描かれるのは犯罪であり、犯罪者や犯罪に巻き込まれた人たちの物語だ。

著者によれば「個人と社会の本質的な対立構造を、主として個人の視点によって描く」ということになる。

この評論集に登場する作家は全部で18名。編年体の構成ではなく、どこからでも読むことができる。著者がその作家や作品に着目する理由を参考に、読む側は自分の「犯罪小説マップ」を作り上げればいい。

たとえば、江戸川乱歩は「内なる犯罪者の心理を理解すること」に熱中した人だった。優れた犯罪者小説「蟲(むし)」で描かれるのは、他者と共有できない倫理と価値観が内にあることを自覚した人間の悲劇だ。

また、権力者からどん底の貧困にあえぐ者まで、社会の全相を対象に犯罪小説を書いたのが松本清張である。

「鬼畜」では生きるためのやむにやまれぬ行為ではなく、エゴイズムに起因する犯罪を描いた。犯罪者の心中に存在する欺瞞を暴いた清張は、日本の犯罪小説の原型を準備したのだ。

表の世界の法律と同様、裏の世界にも守るべき掟があり、その取り決めによって利害関係の対比が最小限に抑えられている。それが池波正太郎が手掛けた暗黒街小説だと著者は言う。

暗黒街という社会に属しているが、同時に自分の意志で動く一個人人でもある。その相克の結果としての行動が描かれているのが、〈仕掛人・藤枝梅安〉シリーズだ。

さらに、山田風太郎にとって犯罪とは相対的なものだった。法は社会的存在である人間を構成する要素だが、絶対的なものではない。

社会もまた人間が作り出したものであり、その作り出したものに人間が縛られる滑稽さを書き続けた。異色のミステリー『太陽黒点』では、正義と悪、聖と賎が何度も逆転する。

他に宮部みゆき、高村薫、桐野夏生、馳星周などが犯罪小説における重要作家として論じられていく。

(週刊新潮 2024.11.21号)