「週刊新潮」に寄稿した書評です。
長山靖生『漫画のカリスマ~白戸三平、つげ義春、吾妻ひでお、諸星大二郎』
光文社新書 1034円
権力による搾取に抵抗する農民たちを描いた白土三平の『カムイ伝』。そこには1960年代の時代精神と現実社会の脈動があった。一方、つげ義春の作品には社会思想的な主張はほとんどない。あるのは貧困や猥雑、無知や汚辱といった生活の臭いだ。そこに戦後生まれの吾妻ひでおと諸星大二郎を加えることで、漫画というジャンルや時代を超えて若者文化をリードしてきた彼らの実相が見えてくる。
浅田次郎『アジフライの正しい食べ方』
小学館 1870円
17年以上も機内誌で連載が続く旅エッセイ、その最新刊だ。旅好きの著者がコロナ禍で出かけられない時期でもあり、過去の旅のエピソードが披露される。初めての欧州旅行で感動したパンのおいしさ。ロス空港で目撃した大捕物。昔から機内でマスクをかけ続ける習慣があり、ロンドンのヒースロー空港で不審者扱いされた話も笑いを誘う。どの文章も融通無碍かつ変幻自在な語り口を堪能できる。
鈴木敏夫『体験的女優論』
河出書房新社 2640円
ジブリ映画のプロデューサーである著者が、これまで自身が励まされてきた映画、ドラマ、そして女優について語ったのが本書だ。深作欣二『仁義の墓場』の多岐川裕美。山田洋次『男はつらいよ』シリーズの浅丘ルリ子。今村昌平作品における松尾嘉代や吉村実子。山田太一脚本『岸辺のアルバム』の八千草薫などが並ぶ。いずれも「時代が課したテーマと格闘していた」作り手であり女優たちである。
松田哲夫『編集を愛して~アンソロジストの優雅な日々』
筑摩書房 2090円
アンソロジーとは、複数の書き手の作品を特定のテーマでまとめた「選集」だ。著者は『ちくま文学の森』や『日本文学100年の名作』などを手掛けてきた。選定基準は名作主義や既成の評価ではなく、「今読んで面白い」だという。本書では安野光雅、井上ひさし、池内紀など編者たちとの作業の内側を回想している。さらに鶴見俊輔や赤瀬川原平との交流から書籍が編まれていく過程も興味深い。
(週刊新潮 2024.11.07号)