富良野2021秋
倉本聰が書き上げていた幻の新作
『北の国から2021ひとり』
その衝撃の内容
『北の国から』放送40年を迎えて
ドラマ『北の国から』(フジテレビ系)が始まったのは1981年10月9日。翌年3月に全24話が終了した後も、スペシャル形式で2002年まで続いた。今年は放送開始から、ちょうど40年に当たる。
放送されていた約20年の間に、壮年だった黒板五郎(田中邦衛)は60代後半となった。また小学生だった純(吉岡秀隆)や螢(中嶋朋子)は大人になっていき、仕事、恋愛、結婚、さらに不倫までもが描かれた。
ドラマの中の人物なのに、見る側はまるで親戚か隣人のような気持ちで黒板一家を見守った。この「時間の共有」と「並走感」は、『北の国から』の大きな魅力だ。
最後の『2002遺言』から、さらに20年の歳月が流れた。だが、多くの人にとって、物語は今も続いているのではないだろうか。
思えば、確かに五郎は遺言を書いていた。しかし亡くなったわけではなかった。純や螢も、あの遺言書を目にしていない。
あれからずっと五郎は富良野で、そして子どもたちはそれぞれの場所で元気に暮らしている。見る側はそんなふうに想像しながら20年を過ごすことが出来たのだ。
完成していた『北の国から』新作脚本
実を言えば、倉本聰は『北の国から』の新作を書き上げていた。それが『北の国から2021ひとり』だ。
読ませてもらうと、黒板一家が東日本大震災をどのように体験し、昨年からのコロナ禍とどう向き合っているのかも知ることが出来た。そして何より、「五郎の最期」が描かれていることに衝撃を受けた。
2021年10月9日、40年前に『北の国から』の放送が始まったその記念日に、富良野で、ある催しが開かれた。「追悼 田中邦衛さん 北の国から 40周年記念トークショー 思い出せ!五郎の生き方」である。
倉本をはじめ、中嶋朋子、さだまさし、蛍原徹(元雨上がり決死隊)、そして私も参加させていただき、『北の国から』と「黒板五郎」を語り合った。全国から3,000人を超える応募があり、抽選で選ばれた650人のファンが来場した。
驚いたのは、このトークショーの中で、倉本自身が『北の国から2021ひとり』について語ったことだ。
倉本は、ドラマのあらすじを明かす前に、客席に向かって次のような話をした。
「僕が富良野に移住して1~2年目のころ、後に黒板一家が暮らすことになる麓郷(ろくごう)や、布礼別(ふれべつ)の方へ行くと、ポツンポツンと農家の灯(あか)りが見えて、その一軒一軒の中に、それぞれ温かい家庭があることがひしひしと感じられました。
それで『灯(ともしび)』というタイトルにしようと思ったんですが、テレビ局から「地味すぎる」と言われ、『北の国から』というタイトルになりました。
純を演じた吉岡(秀隆)は今日、この会場に来ていませんが、40周年のことをずっと話し合ってきました。
吉岡は何度も富良野に来て、ひとりで山の中でキャンプをしていたんですが、実は『北の国から』の新作を一緒に作ろうと、2人で企てていました。僕も台本を7稿まで書いたんですが、諸般の事情により映像化できなくなりました。
邦さんとは、『北の国から』を「どっちかが死ぬまでやろう」って口約束をしていましたが、番組自体が『2002遺言』で終わることになり、ショックを受けました。それでも僕の中でずっと(物語は)続いていたんです。これから、どういう話だったか、お話ししてみます」
そして、作者自らが明かした、新作の内容は以下のようなものだった。
『北の国から2021ひとり』あらすじ
2002年、螢と正吉は息子の快(かい)を連れて福島県に行く。桜並木で有名な富岡町の夜ノ森に家を借り、正吉は富岡町の消防署に勤め、螢は診療所に勤める。
2009年に「さくら」という女の子が生まれる。五郎はその子に夢中になり、なかなか富良野に帰らない。それを純たちが連れ戻すといった出来事がある。
2010年、純の妻である結(ゆい)が勤め先の店長と不倫をして、離婚することになる。五郎は「うちはそういう血筋なんだ」とゲラゲラ笑っている。
東日本大震災と黒板一家
2011年に東日本大震災が起きる。消防職員の正吉は人を助けようとして津波に巻き込まれ、行方不明となる。その翌日、原発が爆発して全員避難することになり、正吉を探すことができない状況が何年も続く。
2014年に避難地区が解除され、砂浜で正吉の手がかりを探すが、見つからない。それでも五郎は必死になって砂を掘り続けるのだが、純は「もう、あきらめよう」と説得。富良野に連れて帰った。
2018年、83歳の五郎は癌の疑いで病院に検査入院する。ところが、MRIが怖くて途中で逃げ出してしまう。入院病棟に戻ると、もうひとり逃げた経歴を持つじいさんと出会う。
これが、「山おじ」と呼ばれる熊撃ちで、五郎と高校時代に二宮サチコという美少女を争い、年中けんかをしていた相手だった。じいさんになったふたりは意気投合し、付き合いを再開する。
2020年、新型コロナが流行し始める。螢は病院にカンヅメの日々。純は札幌で病院から出る感染性廃棄物を回収し、焼却施設に運ぶ仕事をしている。純も螢も五郎と連絡が取れないでいた。
黒板五郎の「最期」
そんなとき、純は札幌でかつて恋人だったシュウと再会する。シュウは純の代わりに五郎の様子を見に行く。
石の家に着くと、中から五郎の話し声が聞こえる。誰か来ているのかと思って入ると、五郎がひとりで令子の写真と会話しているのだった。札幌に帰ってきたシュウは、そのとき五郎が言ったことを純に話す。
「最近、夢を見た。山で、ものすごく大きな角を持った真っ白なシカに会った。そのシカが夢の中でおいらに言った。みんなひとりじゃないって。あれはカムイの使いだ」
純も螢も忙しくて五郎とまともに連絡を取らないまま時が過ぎ、不安になった純はシュウとふたりで石の家に行く。そして書置きがあるのを見つける。
「純様、螢様、おいらの人生もう終わる。探しても無理。探索無用。おいらのことならほっといて」
気がつくと令子の写真だけが見当たらない。大騒ぎとなり、純がいろいろなところを探すうちに、山おじに行き当たる。しかし、山おじは「五郎は山に入った。お前らに行くのは無理だ」と言って場所を教えない。
純は、自分たちが父親を放置したために死なせたという思いにかられて、螢に電話するが、涙で声が出ない。
結局、五郎は一人で山に入って亡くなり、遺体を動物に、骨を微生物に食わせて、「自然に還ったのだ」と察するしかなかった。
その晩、純とシュウは石の家に泊まる。夜中にシュウに起こされ、そっと窓の外を見る純。そこには、大きな真っ白い雄鹿が一頭、石の家をじっと見ながら立っていた。
やがて雄鹿は、ゆっくりと向きを変え、森の奥へと消えていく。その姿を目で追う純。このとき、シュウが聞いたという五郎の言葉が甦ってきた。「みんなひとりじゃない」と。
この五郎の終焉は2021年3月24日、つまり田中邦衛さんが亡くなった日であろうと思われる――。
「幻の新作」と出会う日を
以上がこの日、会場で倉本聰本人が語った、『北の国から2021ひとり』のストーリーだ。田中邦衛という主演俳優の不在を承知のうえで、敢えて新作に挑んだ倉本に敬意を表したい。
ドラマの中の登場人物である黒板五郎。設定によれば、生まれたのは昭和10年である。それは倉本と同じだ。また40代で東京を離れ、富良野に住むことになったのも倉本と重なる。黒板五郎は「もう一人の倉本聰」であり、いわば「分身」だったのだ。
黒板五郎という国民的おやじが選択した「人生の終(しま)い方」には、86歳となった倉本自身の思想、特に死生観が強く反映されている。
会場で「台本を7稿まで書いたんですが、諸般の事情により映像化できなくなりました」と無念をにじませた倉本。もしもドラマ化されていれば、大きな反響を呼んだはずだ。
ここで「諸般の事情」をうんぬんしたくはない。どのような内容であれ、『北の国から』であるからには、フジテレビの了解なしに映像化は不可能だ。様々な事情が存在したのだろうが、ファンにとっても、フジテレビにとっても、実に残念な判断だった。
だが、それでもいつか、国民的ドラマ『北の国から』の結末となる、この「幻の新作」を見られる日が来るのではないか。そう信じて待ちたいと思う。
「『北の国から』黒板五郎の言葉」扉写真