碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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2013年 こんな本を読んできた (6月編)

2013年12月30日 | 書評した本 2010年~14年
ハワイ島 2013


毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、この1年に読んだ本を振り返っています。

その6月分。


2013年 こんな本を読んできた (6月編)

高杉 良 『第四権力~スキャンダラス・テレビジョン』 
講談社 1575円

 第四権力とは行政・立法・司法の三権に次ぐ影響力を持つものとして、報道を指す言葉だ。現在の新聞やテレビにそれだけの力があるか疑問だが、田中角栄元首相の命名とされている。
 この長編小説の舞台は、歴代の社長が新聞社からの天下りというテレビ局だ。「久保信ニュースショー」なる報道番組が看板で、その功労者である瀬島専務がプロパー社長の座を狙っている。ただし、瀬島は“ダーティS”とあだ名されるほど金と女に汚いことで有名だ。対抗馬はクリーンな木戸常務だが、権力闘争を好むタイプではなかった。
 主人公の藤井靖夫は経営企画部所属。会社の将来を思い、「木戸社長」の実現を目指そうとする。広報局長の堤杏子や同期入社の報道マン・辻本などが同志だ。しかし伏魔殿の闇は深く、藤井たちは泥沼の暗闘に巻き込まれていく。
(2013.05.15発行)


別役 実 『東京放浪記』 
平凡社 1890円

 著者は自らを「よそ者」と呼ぶ。満州に生まれ、高知、静岡、長野と移り住みつつ成長する間、ずっとそう思っていたというのだ。すでに半世紀以上も東京で暮らしながら、その感覚は拭えないとも。だが、そんな著者だからこそ、東京という磁場の深層に触れる好エッセイが生み出せたのではないか。
 著者が初めて接した東京の街・上野。同じ信州人でも新宿に降り立つ者とは異なる感慨があるという指摘は鋭い。また母親と一緒に暮らした渋谷は、原稿執筆のための喫茶店の街でもあった。そして高田馬場は著者が演劇と出会った早大の街だ。それぞれの街にまつわる回想は著者の自分史であり、同時代史でもある。
 さらに地下鉄銀座線、井の頭線など電車を通じての東京観察も味わい深い。ドアから入ってくる街の匂いへの郷愁など共感を呼ぶ。
(2013.05.15発行)


梯 久美子 『声を届ける~10人の表現者』 
求龍堂 1680円

『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅賞を受けた著者。この10年間に書いた人物ドキュメントをまとめたのが本書だ。谷川俊太郎、丸山健二、西川美和などが並ぶが、対象との距離感と核心部分の捉え方が絶妙。彼らに会いたかった理由が伝わってくる。
(2013.05.02発行)


森村 稔 『どこ行っきょん』 
書肆アルス 1575円

元リクルート専務取締役で評論家の著者による自伝的エッセイ集だ。終戦を10歳で迎えた少年は大学卒業後に広告マンとなり、やがてリクルート創業に参加する。企業人、読書人、趣味人の先達が語る仕事、文学、映画、そして人間。「テレビと新聞で半日をつぶすな」などの助言も小気味いい。
(2013.05.15発行)


ミシマ社:編 『仕事のお守り』 
ミシマ社 1365円

探検家・西堀栄三郎の「人間は経験を積むために生まれてきた」をはじめ、古今東西の名著から厳選した言葉が並ぶ、働く全ての人のための金言集。さらに出版社として交流のある著者たちのオリジナル「仕事エッセイ」も収録されている。心が疲労気味の人ほど有効。
(2013.05.02発行)


荒木飛呂彦 『荒木飛呂彦の超偏愛! 映画の掟』 
集英社新書 777円

 『ジョジョの奇妙な冒険』などで知られる漫画家は稀代の映画好きでもある。『奇妙なホラー映画論』に続く本書では、サスペンスをキーワードに映画を解読していく。著者によれば、ジャンルを問わず、よい映画にはサスペンスがある。そのベストオブベストは『ヒート』と『96時間』だ。
 また名作の条件として「男が泣けること」を挙げる。『大脱走』から『ミッドナイト・ラン』まで、自らの信念を貫く姿に涙するのだ。そんな著者が大きく1章を割いたのがクリント・イーストウッド監督。社会からはみ出す男の美学に酔う。
(2013.05.22発行)


薬丸 岳 『友罪』 
集英社 1785円

 もしも会社の同僚であり友人でもある人間が、過去において重い犯罪を犯していたと知った時、どう向き合えばいいのか。本書は、世間を震撼させた連続児童殺傷事件をベースに、犯人だった少年の現在を描いた問題作である。
 27歳になる益田純一はジャーナリスト志望でありながら、不本意にも町工場に就職する。一緒に入社したのは鈴木。だが彼は自分のことを語りたがらず、他人との交わりも避けていた。しかも夜になると、隣の部屋でうなされ続けるのだ。
 徐々に鈴木の過去が気になっていく益田。それは13年前に起きた事件の記憶に起因していた。小学校低学年の男児2人を殺害したのは自分と同い年の中学生だったが、その犯人像と鈴木が重なり始める。
 果たして、人を殺した人間は世間の憎悪に怯えながら生きていくしかないのか。
(2013.05.10発行)


工藤美代子
『悪童殿下~怒って愛して闘って 寛仁親王の波乱万丈』 

幻冬舎 1365円

 昨年6月に、66年の生涯を閉じた三笠宮寛仁親王。著者は少女時代に殿下と出会い、友人の一人として晩年まで交流があった。だが、本書はいわゆる評伝ではない。極めて個人的な回想記、そして追慕の書だ。いや、だからこそ、ここには誰も知らない素顔の親王がいる。
 まず、三笠宮家という環境に驚かされる。家族一緒に暮らす。御所言葉を使わない。一般の教育を受ける。それがベースとなって、人を、女性を、養子、学歴、出自、性別などで差別しない親王が育った。また高校時代の自分を、「良性ではあるけれど不良でしたね」と振り返る洒脱さも。
 皇族という立場を超えて福祉への貢献に励み、同時に「皇族はどうあるべきか」を問い続けた。結婚別居、女性関係、皇籍離脱発言、アル中など話題に事欠かなかった“異端の皇族”の実相が見えてくる。
(2013.05.30発行)


鈴木哲夫 
『最後の小沢一郎~誰も書けなかった“剛腕”の素顔』 

オークラ出版 1575円

剛腕、壊し屋など、メディアが小沢一郎を伝えるキャッチフレーズにネガティブなものが多いのはなぜか。長年取材してきた著者だからこそ見える、小沢の素顔と虚像とのギャップ。政権交代可能な二大政党制の実現に命を削ってきた政治家の過去と現在がここにある。
(2013.06.28発行)


樋口州男:編著 『史料が語るエピソード 日本史100話』
小径社 1785円

歴史研究の進歩によって、これまでの定説も変化していく。後白河院と二条天皇の双方に気を使った平清盛のバランス感覚。全山消失ではなかった信長の比叡山焼き討ち。廃藩置県を第二の維新と位置付けていた西郷隆盛。一級の史料を解読することの面白さを知る。
(2013.04.20発行)


高橋敏夫、田村景子:監修 『文豪の家』 
エクスナレッジ 1680円

36人の文豪たちの家が写真と解説で紹介されている。斜陽館の名で公開されている太宰治の生家。軽井沢にある堀辰雄の家と山荘。漱石と鴎外が暮らした借家は明治村に移築されている。家は単なる住まいに非ず。文豪の思考、感覚、気分を鮮やかに浮か上がらせる。
(2013.04.30発行)


藤野眞功 『アムステルダムの笛吹き』
中央公論新社 1785円

 本書には6篇のルポルタージュと6篇の小説が収められている。だが知らずに読んだら、どれがノンフィクションで、どれがフィクションか区別がつかない。共通するのは強烈な物語性であり、虚実皮膜の妙を堪能できる秀作短篇集だ。
 アムステルダムで偶然出会った男が、ジャズのステージで見せた奇跡のパフォーマンスを活写する表題作。また、「麻薬取締官の憂鬱」では生々しい取締りの実態を追いながら、一方で大麻解禁派の主張も語られる。法律の網の目からこぼれ落ちる人間の感情を拾うのだ。
 「ノー、コメント」は、張り込み取材を敢行する男が尿意と戦う様子をユーモアたっぷりに描いた作品。ノーコメントは通常、黙秘と主体性の排除を表すが、この言葉を挟んで対峙する両者の緊張感が鮮やかだ。体験と想像力が生み出す、活字ならではの世界。
(2013.05.25発行)


木皿 泉 『木皿食堂』 
双葉社 1470円

 ドラマ『野ブタ。をプロデュース』『すいか』などの脚本家であり、初の連作長編小説『昨夜のカレー、明日のパン』も話題の著者。実は夫婦合作のためのペンネームである。本書はエッセイ、インタビュー、対談、シナリオ講座などで構成された、いわば満漢全席だ。
 夫は9年前に脳出血で倒れ、現在も後遺症と戦っている。妻はうつ病の治療を受けながら夫の介護と執筆を続けてきた。そんな夫婦がすこぶる明るい。たとえば、2人が別れることになったら「何て言ってほしい?」と妻が聞く。夫の答えは「また会おうね」だ。
 またドラマ脚本の第一命題は役者が楽しめることだと言う。現場の人間が脚本を好きになれば、必ず画面に反映される。その上で、目指すのは辛い思いをしている人たちに、「いてよし!」と言ってあげられるドラマだ。誰もが、いてよし!
(2013.05.25発行)


山田宏一 『映画 果てしなきベスト・テン』 
草思社 2730円

1938年、ジャカルタ生まれ。著者は映画批評界の長老とも呼ぶべき大ベテランだ。しかし、その瑞々しい映画愛は今も変わらない。「ベスト・テンはその年の映画ファンとしての自分自身の心の運動の軌跡」の言葉通り、選ばれた40年間の面白い映画に圧倒される。
(2013.05.30発行)


井上章一:編 『性欲の研究 エロティック・アジア』 
平凡社 1890円

反日を叫ぶ中国の若者たちも、日本のAV女優「蒼井そら」は大好き。性欲は国境も国益も超えるのだ。本書は気鋭の研究者たちの論文やコラムなどによって、その事実を証明している。日中の理想の男性器。韓国の整形美人と儒教精神。東アジアのエロス交流史だ。
(2013.05.24発行)


鹿島田真希 『暮れていく愛』 
文藝春秋 1890円

結婚10年の夫婦。妻は夫の浮気を疑っている。夫は妻の不機嫌の原因がつかめない。その緊張感から逃げたくて、他の女性に目を向け始める。夫と妻、それぞれの“こころの声”が交互に語られていく本書。昨年、『冥土めぐり』で芥川賞作家となった著者の新境地だ。
(2013.05.24発行)


嶋 浩一郎 『なぜ本屋に行くとアイデアが生まれるのか』 
祥伝社新書 819円

 著者は「本屋大賞」の立ち上げに関わった広告マン。しかも最近は本物の本屋まで開いてしまった。ネット書店全盛の時代に、なぜリアル書店なのか。まず、そこには想定外の情報との出会いがある。次に欲望を言語化してくれる。買うつもりのなかった本を入手した時、それは自分でも気づかない欲望の発露なのだ。
 他にも本に関する“目からウロコ”のアドバイスが並ぶ。気になった本は買う。全部を読む必要はない。付箋を貼りノートに書き写す。そして、本は捨てない。本と本屋は自分の世界を広げてくれる増幅装置だ。
(2013.06.10発行)


平敷安常 
『アイウィットネス~時代を目撃したカメラマン』
 
講談社 2940円

 75歳になる著者の経歴はかなりユニークだ。毎日放送のニュースカメラマンとしてベトナム戦争を取材。その任が解かれた時、取材を続けるために辞職する。米ABC放送サイゴン支局のテレビカメラマンとなり、サイゴン陥落までの10年間、現地に留まった。
 その後は西独ボン支局やニューヨーク本社を拠点に、イラン革命、ベイルート市街戦、ベルリンの壁崩壊、湾岸戦争、そして同時多発テロまでを取材する。記者、カメラマンを問わず、そんな経験をしてきた日本人など他にいない。
 本書は大宅賞を受賞した前著『キャパになれなかったカメラマン』の続編だ。しかも自らの体験以上に、共に過酷な現場で報道を続けてきた仲間たちの軌跡を綴っている。個人の回想記を超えて、現代ジャーナリズムの貴重な証言であり、ドキュメンタリーである。
(2013.06.11発行)


今野 敏 『クローズアップ』 
集英社 1680円

 報道番組「ニュースイレブン」の記者・布施と、警視庁捜査1課特命捜査対策室の刑事・黒田。タイプも立場も異なる2人が、絶妙な距離感を保ちながら協力して事件に挑む、「スクープ」シリーズの最新作だ。
 公園で刺殺体となって発見されたのは、暴力団に関する記事を得意とするライターだった。偶然現場近くにいたという布施が撮った映像はスクープとして流されるが、本人はあまり興味を示さない。追いたいのは大物政治家へのネガティブキャンペーンの背景だった。
 一方、黒田は数か月前に発生した事件との関連を思った。暴力団組長の命を狙いながら失敗したヒットマンが、出所した直後に殺害されたのだ。黒田は相棒の谷口と共に捜査を開始する。
 それぞれの組織からはみ出した記者と刑事の人間像が魅力的な本書は、著者のデビュー35年記念第3弾だ。
(2013.05.30発行)


角谷 優 
『映画の神さま ありがとう~テレビ局映画開拓史』 

扶桑社 2100円

現在ほど多くの日本映画にテレビ局が関わっている時代はない。その道筋をつけたのが元フジテレビ映画部長の著者だ。本書は劇場版『踊る大捜査線』の15年前に、『南極物語』を大ヒットさせた男の自伝的映画論。役者や監督以上に映画の裏方たちを熱く語っている。
(2012.11.30発行)


岡崎宏司 
『フォルクスワーゲン&7thゴルフ 連鎖する奇跡』 

日之出出版

ゴルフがデビューしたのは約40年前。その画期的なコンセプトと品質が世界の車業界に衝撃を与えた。新たに登場した7代目もまた、完成度の高さで話題となっている。モータージャーナリストとしての長いキャリアを踏まえ、フォルクスワーゲンの深層に迫る一冊だ。
(2013.05.20発行)


野呂邦暢 『棕櫚の葉を風にそよがせよ』 
文遊社 2940円

『草のつるぎ』で芥川賞を受けた著者が亡くなってから33年。小説集成全8巻の刊行が始まった。この巻には第1作『壁の絵』など瑞々しい初期作品が収められている。戦争、故郷、父と子など野呂文学の原点ともいうべきテーマの数々が、時代を超えて浮上してくる。
(2013.06.01発行)




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