碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

書評した本: 保坂正康 『続 昭和の怪物 七つの謎』

2019年06月21日 | 書評した本たち

 

週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。


新時代の政治と社会を見つめるための重要な指標

保坂正康 『続 昭和の怪物 七つの謎』

講談社現代新書 928

 

元号が「平成」から「令和」に変わった。しかし、気分や空気だけで希望の時代が到来するはずもない。現実に目を向けず、改元に浮かれ騒ぐマスコミや世間を、冷笑と共に眺める人たちがいたのではないか。

保阪正康『続 昭和の怪物 七つの謎』は、平成の最末期に上梓されたことに意味がある。令和という名の現在も、実は昭和という名の過去と地続きであることが分かるからだ。

本書に登場する「怪物」は三島由紀夫、近衛文麿、橘孝三郎、野村吉三郎、田中角栄、伊藤昌哉、そして後藤田正晴の7人。「昭和という時代を動かした人物」として選ばれている。

たとえば三島について、「光クラブ事件」の山崎晃嗣と交友があった可能性を探り、両者の死を「自裁死」と捉える。自身を社会や時代と対峙させて自らを裁く自裁死。戦後社会を偽善と見る思考・思想に殉じた三島の自裁死に、著者は社会の在りようをあぶり出す「社会死」への意志を見る。

また田中角栄に対しても、「自覚せざる社会主義者」というユニークな視点で検証していく。戦後社会を生きる庶民の本音を代弁した田中は稀有な指導者であり、戦後民主主義の骨格を成す。何より田中を浮上させることで、「他の首相に欠けているもの」が明らかになる構造が興味深い。

ポイントは庶民の視線の位置であり、政治が本来果たすべき役割だと著者は言う。令和時代の政治と社会を見つめていく際の重要な指標かもしれない。

(週刊新潮 2019516日号)



続 昭和の怪物 七つの謎 (講談社現代新書)
保阪 正康
講談社




「ストロベリーナイト・サーガ」二階堂ふみ、よく頑張っているが・・・

2019年06月20日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

二階堂版「ストロベリーナイト・サーガ」

強さだけが目立つ

 

7年前の「ストロベリーナイト」で、ヒロインの姫川玲子を演じたのは竹内結子だ。男性社会むき出しの警察組織の中で、自分のカンを頼りに独自の捜査を敢行する姫川はハマり役だった。

今回、「ストロベリーナイト・サーガ」の二階堂ふみは、よく頑張っている。ただ、前作を知る視聴者には不満が残るだろう。竹内版姫川はもともと強い女性ではない。強くならざるを得なかったのだ。だから時おり垣間見える弱さが愛しく思えた。二階堂版は強さばかりが目立つ。そして竹内版にあった「内なる葛藤」が十分に伝わってこない。

眉間に刻み込んだ縦ジワも、怒っているだけに見えてしまう。本当は自分が他者に支えられてきたことを知っているし、仲間への思いは誰よりも強い。だが、それを本人にセリフとして言わせてしまってはダメなのだ。

龍居由佳里(TBS系「白い影」)や黒岩勉(フジ系「絶対零度」)が脚本を書いていた竹内版と比べると、徳永友一(フジ系「グッド・ドクター」)などが手がける二階堂版は、話の進行に手いっぱいで、各人物の内面がきちんと描かれていない。

そのため、先週の「ブルーマーダー」前編でもサスペンスとして大事な場面の展開に穴があったし、姫川と菊田(亀梨和也)の関係にも切なさが希薄だ。とはいえ、今週が最終回。二階堂には最後まで「自分の姫川」をやり遂げてもらいたい。

 (日刊ゲンダイ 2019.06.19)

 


言葉の備忘録89 あなたの息苦しさには・・・

2019年06月20日 | 言葉の備忘録

 

 

あなたの息苦しさには

理由がある。

戦うには、

その正体を突き止めよう。

 

鴻上尚史 『「空気」を読んでも従わない』



「空気」を読んでも従わない: 生き苦しさからラクになる (岩波ジュニア新書)
鴻上 尚史
岩波書店



ANA「ホノルル便」CMの綾瀬はるかさん

2019年06月19日 | 「日経MJ」連載中のCMコラム

 

 

ANA「成田―ホノルル便」

無邪気な笑顔で

新型機にご招待

 

NHK大河ドラマ「いだてん」が、いまいち盛り上がりに欠ける。主人公のマラソンランナーは“いいひと”かもしれないが、それ以上の魅力が感じられない。それでも見続けているのは、ひとえに妻役の綾瀬はるかさんがいるからだ。

思えば、不思議な女優さんである。映画「ハッピーフライト」のお茶目なCAさんも、「海街diary」のしっかりしたお姉さんも同じ綾瀬さんだ。

美人なのに、気取ったりしない。親しみやすいのに、媚びたところがない。CMでも綾瀬ワールドを現出させながら、きちんと商品の好感度をアップさせていく。

ANAがホノルル線に就航させた、エアバスA380。広い機内を歩き回り、座席に寝そべり、機内食を楽しむ綾瀬さんは素顔のままに見える。

「きっと、この人には嘘がないんだな」と直感させてしまうのは天性の資質。その無邪気な笑顔に誘われて、亀の顔が描かれた新型機でハワイに行きたくなってきた。

日経MJ「CM裏表」2019.06.17

 

 


「わた定」は、働き方と生き方を問う社会派ドラマ!?

2019年06月18日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

「わたし、定時で帰ります。」

働く現場描く堂々の社会派 

吉高由里子主演「わたし、定時で帰ります。」(TBS系)から目が離せない。開始前、よくある「お仕事ドラマ」かと思っていたが、実は堂々の「社会派ドラマ」であることがわかってきた。

32歳の東山結衣(吉高)は企業のウェブサイトやアプリを制作する会社の10年選手だ。所属部署にはクセ者の部長・福永清次(ユースケ・サンタマリア)、優秀なエンジニアで元婚約者の種田晃太郎(向井理)、そして短期の出産休暇で職場復帰した賤ヶ岳八重(内田有紀)などがいる。

結衣は仕事のできる中堅社員だが、決して残業をせず、定時に会社を出る。かつて恋人だった種田が過労で倒れた時の恐怖が忘れられないのだ。もちろん社内には批判の声もある。たとえば福永部長は結衣の「働き方」についてネチネチ言い続けている。

しかも部下の性格やタイプは無視して、「もっと向上心!」とか、「高い志、持ってやれよ!」などと自分の価値観を押し付ける。

さらにトラブルが発生すれば、「穏便にね」と得意の責任逃れだ。結衣は、こういう上司に正面からぶつかるのではなく、自分たちにできること、できないことを明確にし、責任がもてる打開策と着地点を探そうとするのだ。

また第4~5話では、クライアントのスポーツ関連会社が登場した。「根性さえあれば、身体はついてくる!」と主張する男(大澄賢也)が現場を仕切っており、「パワハラ上等!」的な働き方をしている。

結衣のセクションに派遣で来ていたデザイナー、桜宮彩奈(清水くるみ)に対しても、立場を利用してのセクハラ三昧だ。ただし桜宮に「デザインより人付き合いで仕事をとる」傾向があったのも事実で、こうした「働く現場」の重層的な描き方が、このドラマのリアリティーを支えている。

結衣は相手がクライアントであっても、してはならない行為に対しては抗議し、仲間であっても間違っていればやんわりと正していく。だが、彼女は決してスーパーウーマンではない。あくまでも普通の働く女性であり、「人としての常識」が武器だ。

近年、政府が主導する「働き方改革」に背中を押され、企業は主に「制度」をいじってきた。しかし、人が変わらなければ、働き方など変わらない。このドラマは、その辺りを描いて出色と言える。

当初は“たったひとりの反乱”に見えた結衣だが、徐々に周囲を変えつつある。 会社、仕事、そして「働き方」が、自分の「生き方」とどう関わるのかを、明るさとユーモアを交えて問いかける「わた定」も、来週ついに最終回だ。

 (毎日新聞「週刊テレビ評」2019.06.15夕刊)

 


言葉の備忘録88 時の流れは・・・

2019年06月17日 | 言葉の備忘録

6月16日夜 撮影   

 

時の流れは、

崇高なものを、

なしくずしに、

滑稽なものに変えてゆく。

 

三島由紀夫 豊饒の海「奔馬」



 

豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) (新潮文庫)
三島 由紀夫
新潮社


 


『集団左遷!!』は、第2章で「V字回復」を果たせるか!?

2019年06月16日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

日曜劇場『集団左遷!!』は、

第2章で「V字回復」を果たせるか!?

先日、第1章が終了した、日曜劇場『集団左遷!! 』(TBS系)。舞台は新作の制作が伝えられている、『半沢直樹』と同じく銀行です。
 
主演は“Mr.イケメン俳優”の福山雅治さんで、“Mr.カメレオン俳優”の香川照之さんが脇を固めているわけですが、ドラマは一向に盛り上がらないまま、第1章の幕が下りました。

ストーリーに難のあった第1章
 
低迷の要因ですが、主演のせいではないと思います。
 
福山さんは確かに熱演しています。ただ、その熱演が、顔面の筋肉体操のような表情作りだったり、「がんばろう!」の大声だったり、拳を握ってリキむ演技だったりと、いちいちオーバーで不自然で鬱陶しい。これは福山さん本人ではなく、これを良しとした演出側のミスでしょう。
 
問題はストーリーでした。
 
銀行本部が、業績の悪い12支店の廃店と行員のリストラを決めました。支店長たちには、「何もするな」と命令が下ります。
 
蒲田支店長の片岡(福山)は納得がいかず、責任者の横山常務(三上博史)から「融資100億円を達成したら廃店にはしない」という約束を取り付けました。
 
片岡も、次長の真山(香川)も、そして行員たちも、がむしゃらに頑張ります。しかし大口融資が決まりそうになると、それが詐欺だったり、横山から横やりが入ったりで、なかなかうまくいきません。
 
思い起こせば、第1章は、ひたすらこの繰り返しでした。つまりパターン化です。片岡が信頼していた、会社社長・町田(赤井秀和)の裏切りも、「ああ、どうせ途中で頓挫するんだよね」と視聴者には予測がつき、しかもその予測通りの展開になってしまった。これでは飽きるのが当然です。
 
結局、蒲田支店は廃店となりましたが、行員たちのリストラ自体は回避できました。しかし、これすら予定調和に見えてしまったのも、ストーリーというか、脚本に無理があったからではないでしょうか。

V字回復をめざす第2章
 
第2章に入って、片岡は銀行本部の融資部に異動しました。本部は、専務に昇格した横山が権謀術数をめぐらす、伏魔殿のような場所と化しています。
 
そんな横山の「裏金づくり」を告発した片岡ですが、味方だと思っていた頭取の藤田(市村正親)の裏切りに遭ってしまいます。相変わらず甘いぞ(笑)、片岡!
 
自分たちの支店を守ろうと奔走する話だった第1章に比べ、三友銀行自体の存続にかかわる事態が発生し、企業ドラマとして面白くなってきたのは確かです。
 
見どころは、草の根のような行員たちの取り組みで、上層部の不正をきっちりとただし、本来の使命を果たす銀行に変えることができるのか、ですね。
 
とはいえ、残りの回数は、あとわずかしかありません。第2章で広げたばかりの大風呂敷をいかに畳むか。見る側が納得のいく決着へと導けるか。これまで以上に脚本の力が問われます。

ラッパ屋 第45回公演 『2.8次元』

2019年06月16日 | 舞台・音楽・アート

紀伊国屋ホール

 

脚本・演出の鈴木聡さんと


書評した本: 『ひょうげもん―コメディアン奮戦!』ほか

2019年06月15日 | 書評した本たち

 


週刊新潮に、以下の書評を寄稿しました。

 

小松政夫

『ひょうげもん―コメディアン奮戦!』

さくら舎 1620

77歳になる著者が、植木等の付き人兼運転手として芸能界入りしたのは55年前だ。やがて人気者となり、「電線音頭」や「しらけ鳥音頭」が大ヒットした。自伝的回想録である本書は、テレビ草創期から現在までを内側から見た、異色の昭和・平成芸能史でもある。

 

太田和彦 

『おいしい旅―昼の牡蠣そば、夜の渡り蟹』

集英社文庫 864

一人で旅に出る。歴史を感じさせる街の居心地いい店で、地元の酒と肴を味わう。倉敷では、ままかりとシャコで酒は萬年雪。鎌倉にある、古本屋が始めた立ち飲み屋でレモンサワー。著者にとっては東京もまた旅先気分で歩く街だ。居酒屋の達人は旅の名人でもある。

週刊新潮 2019418日号)

 

北村匡平 

『美と破壊の女優 京マチ子』

筑摩書房 1728

黒澤明『羅生門』、溝口健二『雨月物語』などの名作に出演し、「国際派女優」と呼ばれた京マチ子。その一方で、こうした芸術映画とは異なる作品群で得た「肉体派女優」の称号も持つ。誰もが遠巻きに見ていた美神に新たなスポットを当てた映画女優論だ。


いとうせいこう

今夜、笑いの数を数えましょう』

講談社 1620

笑いがテーマの連続トークセッションが活字になった。著者と拮抗できる人選が見事だ。放送作家の倉本美津留が明かす、ダウンタウンのツッコミ術。バカリズムの笑いにおけるリアルと非リアル。劇作家の宮沢章夫が考える芸能と素人など、六番勝負の夜は更ける。

 

桃井恒和 

『使うあてのない名刺』

中央公論新社 1728

著者は元読売新聞社会部長にして元巨人軍社長。現役時代の体験とリタイア後の実感を静かな筆致で綴るエッセイ集だ。話題はロッキード事件、国鉄の分割民営化から長嶋茂雄と松井秀喜の国民栄誉賞まで。個人の回想に留まらない、貴重な同時代史となっている。

週刊新潮 2019411日号)

 

 

 


【気まぐれ写真館】 梅雨の晴れ間

2019年06月14日 | 気まぐれ写真館


蒼井優との電撃婚で“逆転勝利”の山里亮太、司会務める番組タイトルは「逆転人生」

2019年06月13日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

NHK「逆転人生」

司会が山里亮太なのはちょっと出来過ぎ? 

先週の芸能ニュースは、南海キャンディーズ山里亮太の結婚話でもちきりだった。いわゆる「非モテ」キャラと思われていた山里のお相手が、女優の蒼井優だったという意外性から、“逆転勝利”的フィーバーが起きたのだ。

そんな山里が、この春から司会を務めている番組のタイトルが「逆転人生」というのは、ちょっと出来過ぎかもしれない。

コンセプトは極めてシンプル。絶対絶命の危機から奇跡の大逆転を遂げた人たちの「実話エピソード」を紹介するのだ。スタジオには山里と杉浦友紀アナ、主役である本人、そしてゲストが並び、逆転劇は再現VTRを軸に語られていく。

たとえば、元ヤクザの牧師さんが登場する。「力と居場所」が欲しくて足を踏み入れた極道の世界。やがて博打で抱えた巨額の借金で命の危険にさらされ、関西から東京へと逃げた。

偶然新宿の教会に立ち寄ったことをきっかけに厚生し、自身も牧師の道へ。現在は、かつての自分に似た境遇にある人たちを支援する活動を行っている。

大きかったのは信じて励ましてくれた牧師と、じっと待っていてくれ妻の存在だ。スタジオでは「神様とカミさんに救われました」と言って山里たちを笑わせた。

この番組のメッセージは「人生はやり直せる」。いずれも誰かに「救われた」だけでなく、自らを「救っていた」ことがわかる。目指せ、逆転!

(日刊ゲンダイ 2019.06.12)


言葉の備忘録87 いつもいつでも・・・

2019年06月10日 | 言葉の備忘録

新千歳空港で

 

 

いつもいつでも うまくゆくなんて

保証はどこにも ないけど (そりゃそうじゃ!)

いつでもいつも ホンキで生きてる

こいつたちがいる

 

詞:戸田昭吾、歌:松本梨香

「めざせポケモンマスター」

 


UHB北海道文化放送「みんテレ」

2019年06月09日 | テレビ・ラジオ・メディア

 

 

 


うっかり見逃せない、注目の意欲作『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』

2019年06月08日 | 「ヤフー!ニュース」連載中のコラム

 

 

うっかり見逃せない

注目の意欲作

『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』

 

同性愛者が登場するドラマの「同時多発」

刑事ドラマや医療ドラマなど、同じジャンルの作品が「同時多発」することはよくありますが、今期目立っているのは男性同性愛者が登場するドラマです。

きっかけは、男性同士の恋愛を正面から扱ったコメディとして話題となった、昨年の『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)でしょう。各局が後を追った結果、間に合ったのが今期で、なんと横並びで登場することになりました。

それが、このコラムでも取り上げてきた『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系)であり、『きのう何食べた?』(テレビ東京系)であり、そして今回の、よるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK、土曜夜11時30分)です。

主人公は、高校3年生の安藤純(金子大地、好演)。「マコトさん」こと佐々木誠(谷原章介)という年上の恋人がいるゲイです。

初回の冒頭シーンがラブホテルのベッドで戯れる2人で、結構びっくりさせられました。ちなみにマコトさんは「妻子持ち」でもあります。

そんな純が、高校の同じクラスにいる三浦紗枝(藤野涼子)と、ひょんなことからつき合うことになります。紗枝はBL(ボーイズラブ)小説や漫画が好きな、いわゆる「腐女子」ですが、純がゲイであることは知りませんでした。

実は自分の性志向に悩んでいた純。マコトさんと別れ、紗枝と向き合おうとしますが、心と身体の両面で、なかなか思うようにはいきません。

しかも、自分と同じゲイで、ネット上でつながっている親友が自殺してしまいます。混乱した純はマコトさんに助けを求め、彼とキスしているところを紗枝に見られてしまうのです。第4話のラストシーンでした。

「女優・藤野涼子」の本領発揮

紗枝にしてみれば、「なぜ、私とつき合ったの?」だし、「振り向いてくれない人を本当に好きなった私は、どうしたらいいの?」です。純は「普通の人生があきらめきれない」し、「普通の幸せが欲しかった」と言いますが、紗枝も簡単には納得がいきません。

さらに、純はクラスメートたちからも奇異な目で見られ、追い詰められていきます。第5話では、「もう疲れた」と言って校舎から飛び降りてしまう純。幸い、骨折と打撲で済みましたが。

この飛び降り事件をきっかけに、純と紗枝の気持ちに少しずつ変化が起きていきます。第6話、入院先の病室を出るとき、純に向かって紗枝が笑顔で言うのです。「言っておくけど、私、まだ安藤君と別れるつもり、ないから。そう簡単に逃がさないよ」と。

そんな紗枝は、先週の第7話で、さらなる驚きの行動に出ました。終業式で表彰され、ステージに上がった紗枝。受賞スピーチを装いながら、自分がBLを愛する腐女子であること、好きになった男子がゲイだったこと、いや、それどころか、2人がセックスできなかったことまで口にします。

そして、「彼は、周囲に対して壁を作っていましたが、自分を守ってるんじゃなく、私たちを守っているんです。壁から出たら、(どう向き合っていいか)私たちが困るから」。

涙を流しながら話し続けます。「彼は、自分が嫌で、私たちが好きなんです!」。

こういう場面で、紗枝を演じる藤野涼子さんのうまさが際立ちますね。複雑な心理や微妙なニュアンスを、言葉と全身で表現する力が半端じゃありません。かつて映画『ソロモンの偽証』で見せてくれた天才少女ぶりは、今も健在です。

世界を「簡単」にしてはいけない

あらためて、このドラマのテーマを思うとき、純の「自殺してしまったネット上の親友」の言葉が甦ってきます。

 「人間は、自分が理解できるように、世界を簡単にして、分かったことにする」

 「『摩擦がゼロ』なわけはない。『空気抵抗を無視して良い』わけがない。   だけど、そうしないと理解できないから、世界を簡単にして、例外を省略する」

 「真に怖れるべきは、人間を簡単にする肩書さ」

確かに、自分にとって「よくわからない他者」や「違うと感じる他者」に遭遇したとき、何らかの「レッテル(=肩書)」を貼ることで安心する人は多いかもしれません。

「好きなものを好きだと言える時間が一番好きだな」と紗枝は言います。紗枝も、純も、誰もが、好きなものを好きだと言えるようでありたい。素直に、そんなふうに思えてきました。

最早、終わってしまうのが残念なドラマになっていますが、残るは今週末の最終回のみ。純と紗枝の“明日”を、しっかり見届けるつもりです。


日曜劇場「集団左遷!!」 低迷の要因はストーリーか!?

2019年06月07日 | 「日刊ゲンダイ」連載中の番組時評

 

 

日曜劇場「集団左遷!!」(TBS系)

もはやタイトルとは無関係な内容に・・・

先日、「集団左遷!!」の第1章が終了した。舞台は「半沢直樹」と同じ銀行。主演は男前の福山雅治で、ミスター日曜劇場の香川照之が脇を固めているが、ドラマは一向に盛り上がらないままだ。

低迷の要因はストーリーにある。銀行本部が業績の悪い12支店の廃店と行員のリストラを決めた。支店長たちには「何もするな」と命令が下る。蒲田支店長の片岡(福山)は納得がいかず、責任者の横山常務から「融資100億円を達成したら廃店にはしない」という約束を取り付ける。

片岡を中心に、ひたすら頑張る行員たち。しかし大口融資が決まりそうになると、それが詐欺だったり、横山から横やりが入ったりで、うまくいかない。

実はここまで、その繰り返しが続いてきた。結局、廃店とはなったが、リストラは回避できた。これが予定調和に見えてしまうのも、脚本に無理があるからだ。

福山は確かに熱演している。ただ、その熱演が顔面の筋肉体操のような表情作りだったり、拳を握ってリキむ演技だったり、不自然で鬱陶しい。これは福山本人ではなく、演出側のミスだろう。

先週からの第2章で、片岡は銀行本部の融資部に異動した。さっそく約100億円の融資をめぐって事件が発生。専務に昇格した横山の腹黒ぶりも変わらない。もはやタイトルとは無関係な内容になっているが、奇跡の大逆転を期待したい。

(日刊ゲンダイ 2019.06.05)