青森県青森市「工藤パン」製
間違った問いから
正しい答えは出ない。
映画『不思議の国の数学者』
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
村上春樹
『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』
文藝春秋 2530円
著者が所有する、デヴィッド・ストーン・マーティンがデザインを手がけたジャズ・レコードについて語り尽くす一冊だ。『ポートレイト・イン・ジャズ』や『意味がなければスウィングはない』など、著者のジャズ・エッセイからはメロディが流れてくるが、本書も例外ではない。アルバムのビジュアルを眺めながら、スタンゲッツのサックスやバド・パウエルのピアノを聴く快感を堪能できる。
青木 理『時代の反逆者たち』
『時代の抵抗者たち』『時代の異端者たち』に続く最新対話集だ。NHK「クローズアップ現代」のキャスターを23年にわたって務めた国谷裕子と、番組降板の背景からメディアの役割までを語り合う。また政治学者の中島岳志とは、「永遠の微調整」としての保守や科学と人文知の関係について考える。他に芥川賞作家の李琴峰、『人新世の「資本論」』の経済思想家・斎藤幸平などが登場する。
南 伸坊『仙人の桃』
中央公論新社 3300円
中国の昔話である「志怪小説」は、奇妙で怪奇な話を志(しる)したもの。著者は自身の好みに合う作品だけを選び、漫画にしている。頻出するのは仙人で、常識的な価値をひっくり返す存在として魅力的だ。オチがあるような無いような、不思議な味わいを堪能できる。また各漫画には、「蛇足」と称するエッセイが付く。そのゆったりした語り口と煙に巻かれる快感は、仙人の仕業だとしか思えない。
山崎 元
『経済評論家の父から息子への手紙~お金と人生と幸せについて』
Gakken 1760円
著者が65歳で亡くなったのは今年の1月。闘病の中で書き進めたのが本書だ。これから世の中を渡る人たちに向けて、あるべき働き方、お金の扱い方、幸福になるための処方箋などを伝えている。「資本主義経済は、リスクを取りたくない人間から、リスクを取ってもいい人間が利益を吸い上げるようにできている」は至言。巻末には、実際に若き息子に送ったという達意の手紙全文も掲載されている。
(週刊新潮 2024.04.04号)
佐藤のりゆきさんと
uhb 北海道文化放送
『談談のりさん+(プラス)』
2024年4月14日(日)
あさ6時15分~
NHKスペシャル
「未解決事件 File.10 下山事件」
現在につながる歴史の闇に光を当てた秀作
3月30日の夜、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」が放送された。これまでに「グリコ・森永事件」や「地下鉄サリン事件」などを扱ってきたシリーズの最新作である。
下山事件に関しては、松本清張「日本の黒い霧」をはじめ、長年様々な考察が行われてきた。現時点で、新たな視点や知られざる事実の提示は可能なのか。それが注目ポイントだった。
大きな軸の一つが、下山事件を担当した主任検事・布施健たちが残した極秘資料だ。
15年におよぶ捜査の内容が記された、700ページの膨大な資料を4年かけて解析し、取材を進めていく。浮かび上がってきたのは、GHQ直轄の秘密情報組織「キャノン機関」がソ連に送り込んだ、韓国人二重スパイの存在だ。
さらに制作陣は、キャノン機関に所属していた人物をアメリカで見つけ出す。二重スパイの写真を見せると、面識があったと証言した。
またGHQの下部機関であるCIC(対敵情報部隊)にいた人物の遺族とも面談し、本人が「あれは米軍の力による殺人だ」と語っていたことを聞き出す。事件はアメリカの反共工作の中で起きていたのだ。
番組は森山未來が布施検事を演じるドラマ編と、ドキュメンタリー編の2部構成。両者は合わせ鏡のように補完しあいながら、現在の日本社会に繋がる歴史の闇に光を当てており、見応えがあった。
(日刊ゲンダイ「TV見るべきものは!!」2024.04.02)
4月になりました。
街で、新入生や新入社員の姿を見かけます。
新人たちがスタートを切る季節。
今から12年前の4月、「東京新聞」に寄稿したコラムがあったことを思い出しました。
当時は大学の教員だったこともあり、自分のゼミの卒業生を含め、新たに社会に出る皆さんへのエールのつもりで書いたものです。
ちょっと懐かしさもあり、再録してみますね。
毎年、この時期に読み返すのが、山口瞳さんの『新入社員諸君!』だ。
今、手元にあるのは、社会人になった昭和五十三(1978)年の春に購入した角川文庫版。かなりよれよれだが、今年もページを開いた。
どんなに時代が変っても、変わらない真理みたいなものが、ここにはあるからだ。
山口師曰く、
「まず、会社へはいったら、学校とちがっていろんな人間がいることを知っておいてください」
そう、キツネもタヌキも、オオカミだって生息するのが会社だ。でも、だからこそ一人ではできない仕事も可能になる面白さがある。
また師曰く、
「誠心誠意ではたらき有能な社員になってください。有能な社員とは、役に立つ社員のことです。役に立つ社員とは、何か自分のものを持っている社員のことです」
これも至言だ。いま“自分のもの”として何を、どれだけ持っているのか。新人じゃなくても、常に再点検すべきなのだ。
さらに山口さんは言う。
「新入社員よ、ボヤキなさんなよ。ブウブウいうなよ。キミタチは新人なんだよ。一所懸命やれよ。勉強しなさいよ。勉強といってもいろんな勉強があるんだよ。それを知るのが勉強なんだ」
社会に出ると、自分が、いかに無知であるかがわかってくる。そんな時、この言葉に励まされた。
新入社員の皆さん、しばらくは大変だけど、まずは一人前を目指そう。
(東京新聞 2012.04.04)
「週刊新潮」に寄稿した書評です。
中川右介
『第二次マンガ革命史~劇画と青年コミックの誕生』
双葉社 2420円
戦後、日本の漫画を激変させたのが手塚治虫の「ストーリーマンガ」だ。著者はそれを「第一次マンガ革命」と呼ぶ。そして1960年代に「劇画」が牽引したのが第二の革命だ。本書は、貸本マンガにおける劇画の登場から青年コミック誌の創刊までを辿る文化史である。同時に、辰巳ヨシヒロ、佐藤まさあき、さいとう・たかを、白土三平など最前線で活躍したマンガ家たちの熱い群像劇でもある。
町田てつ
『ビジュアル 恋猫パラダイス~浮世絵から映画、切手まで猫三昧』
天夢人 2200円
今や空前の猫ブーム。家族やパートナーとしての存在を「恋猫」と称して愛でるビジュアル本だ。国芳など歌川派の浮世絵師たちが題材にした猫には、美人との関係を想像させる妙がある。小さな切手の中に再現された、菱田春草の名作「黒き猫図」。映画『ティファニーで朝食を』や『ハリーとトント』などの名優猫。さらに絵師・川崎巨泉が集めた猫絵や猫人形など、猫好き必見の名コレクション。
渡辺将人『アメリカ映画の文化副読本』
日本経済新聞出版 1980円
本書はいわゆる〈映画案内本〉ではない。政治学が専門の慶大准教授が、映画やドラマをとば口にして「アメリカ社会」を読み解いていく。映画『ソーシャル・ネットワーク』で描かれた、クラブという文化が反映する「社交と恋愛」。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に見られるような、スクールカーストが象徴する「教育と学歴」などだ。日本との差異も含め、リアルなアメリカ像が浮上する。
(週刊新潮 2024.03.28号)