昨日はいつものメンバーでの、月例麻雀大会でした。メンバーの一人はまだ働いていますので、土日か祭日にやっていますが、午後1時から8時ごろまでと、6,7半荘できますので十分やった気がします。昨日の結果はあまり調子がよくなく、若干沈んで3位という成績でした。やや不思議にな麻雀で、オーラスまでほとんど差が出ず、最後のゲームで順位が決まるようなこともあれば、非常に荒れて最初に5万点もとったのに最終的にはかなり沈むといった動きの激しい半荘もありました。このときは私も東2局で300点しかなくなり、ハコテンの危機でしたが、何とか盛返し少しの沈みで終わりました。
麻雀の理論的なものとして、デジタルとアナログがあるようです。デジタル理論は、あくまで確率論を中心にして、ツキや運を排除して何を切るべきかを決めるようで、アナログは逆に流れや動きを中心に進めるというもののようです。私はこういった理論をちゃんと読んだことはないのですが、それぞれいろいろと面白そうですので、何かの機会に見てみたいと思っています。
私自身の考え方は、どちらかといえばアナログ理論に近いのかもしれません。やはり流れというものを大事にしています。たぶん麻雀をやる人は大体経験があると思いますが、本当についていないときはそれほど沈まず、割といい手が来るのに上がれないという時が大負けします。こういった流れに逆らっても、あまりいいことはないような気がします。といっても流れのままにするわけではなく、それなりの工夫をすることで、何とかしようとあがくところが醍醐味ではないでしょうか。
麻雀は当然相手がいますので、心理戦も重要です。特に現在のリーチ麻雀では、高くするためにリーチをかけるかどうかの判断が最も難しいところだと思います。確率論的には、リーチをかけることによって点数が倍になるだけでは、相手に聴牌していることを教え、手を変えられないということはとても割に合わず、そのために裏ドラというおまけがついたのかもしれません。私は基本的には、リーチをかけずに上がる方向でやっています。ですから私のリーチは、追いかけることが多く、開きリーチがあるときは開いてしまいます。
昔は他の人が捨てた牌から、手の内を予想するということがある程度できていたのですが、最近はとても無理で、一応確認するぐらいしかできません。ある意味自分の手でいっぱいになっているようです。こうやってだんだん下手になっていくのかもしれませんが、それなりに楽しめるのが麻雀のいいところと思っています。
麻雀の理論的なものとして、デジタルとアナログがあるようです。デジタル理論は、あくまで確率論を中心にして、ツキや運を排除して何を切るべきかを決めるようで、アナログは逆に流れや動きを中心に進めるというもののようです。私はこういった理論をちゃんと読んだことはないのですが、それぞれいろいろと面白そうですので、何かの機会に見てみたいと思っています。
私自身の考え方は、どちらかといえばアナログ理論に近いのかもしれません。やはり流れというものを大事にしています。たぶん麻雀をやる人は大体経験があると思いますが、本当についていないときはそれほど沈まず、割といい手が来るのに上がれないという時が大負けします。こういった流れに逆らっても、あまりいいことはないような気がします。といっても流れのままにするわけではなく、それなりの工夫をすることで、何とかしようとあがくところが醍醐味ではないでしょうか。
麻雀は当然相手がいますので、心理戦も重要です。特に現在のリーチ麻雀では、高くするためにリーチをかけるかどうかの判断が最も難しいところだと思います。確率論的には、リーチをかけることによって点数が倍になるだけでは、相手に聴牌していることを教え、手を変えられないということはとても割に合わず、そのために裏ドラというおまけがついたのかもしれません。私は基本的には、リーチをかけずに上がる方向でやっています。ですから私のリーチは、追いかけることが多く、開きリーチがあるときは開いてしまいます。
昔は他の人が捨てた牌から、手の内を予想するということがある程度できていたのですが、最近はとても無理で、一応確認するぐらいしかできません。ある意味自分の手でいっぱいになっているようです。こうやってだんだん下手になっていくのかもしれませんが、それなりに楽しめるのが麻雀のいいところと思っています。