現代フランスを代表する政治哲学者でトクヴィルの優れた知的伝記 Tocqueville : les sources aristocratiques de la liberté (Fayard, 2008) の著者であるリュシアン・ジョーム(Lucien Jaume)が2009年に執筆し2010年初めに出版された Qu’est-ce que l’esprit européen ?, Flammarion, coll. « Champs essais » は、百七十頁ほどの小著ながら、「ヨーロッパ精神」とは何かを今考え直す上で貴重な手掛かりを与えてくれる好著である。
ヨーロッパの「アイデンティ」でもなく、ヨーロッパ「意識」でもなく、ヨーロッパ「精神」を問うところに本書の特徴があり、そこに著者の「賭け」もある。ここで言われる「精神」とは、ルネッサンス期に淵源する知的・芸術的・精神的・科学的財産であり、それは何よりも自己の自己に対する態度、自己の社会に対する態度のことである。この自己検証の態度を「常識」(« sens commun »)として共有し、自己の精神活動によって得られた財産を自己の所有物として固定化・独占化することなく、それを自由な検討に付し、そのような自己批判的態度をこそ教育を通じで次世代に伝えていくこと、それこそが真正な「ヨーロッパ精神」なのだと著者は主張する。
そのような精神の体現者として、著者はロック、アダム・スミス、トクヴィルなど幾人かの思想家を挙げている。私個人は、政治哲学の領域では特にロックとトクヴィルがヨーロッパ精神の最良の部分を代表していると思われる。