ご自身が精神分析医でもあるグロ女史のビンスワンガーのモノグラフィーは、多種多様な第一次資料の博捜と伝記的具体的事実を尊重した上での繊細な概念分析とにおいて秀でている。
私にとって特に学ぶところが多いのは、巧みに組み合わされているその方法論的概念である。なぜなら、それらの概念装置は、単にビンスワンガーの豊穣で複雑な思想を理解するのに有効であるばかりでなく、その他の思想家にも「使える」からである。昨日話題にした「三角測量」もそのような方法論的概念装置の一つである。
今日の記事では、一つの思想の発展段階のそれぞれにおいて観察されうる「形成契機」(« moment formateur »)と「創造契機」(« moment créateur »)という、緊張関係を保った相補的二契機について一言触れておきたい。
前者は、ある一つの思想の形成にとって必要ないわば栄養素である。それは単に直接的に「影響」を受けた思想自体だけのことではなく、その思想の概念的諸前提まで含む。後者は、それらに対して批判的に距離を取ることである。これら両者の間を行きつ戻りつすることが具体的な思想の運動をなしている。
とはいえ、両者の間をただ行きつ戻りつしさえすれば、新たに一つの独自な思想が自ずと生れるわけではもちろんない。では、何がそのような運動を引き起こしうるのか。ビンスワンガーの場合、グロ女史によれば、それは精神医学的対象、つまりビンスワンガー自身が実際に治療にあたっている患者たちである。
しかし、これは単に精神医学の分野にだけ妥当する特殊事情ではないだろう。一般に、一つの思想の生成には、その各段階に形成契機と創造契機との緊張関係をもたらす「生ける対象」が必要なのだ。