こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

2015年1月12日 月曜日  休日と意味

2015-01-12 10:07:26 | 音楽帳

クニが制定する”祝日”も、役に立つときもあれば”余計なことをしやがって”ということも多い。
2015年は、仕事初めが月曜日で、最初から一週間フルスロットルで息切れしている人も多いだろうから、今日の祝日はありがたい、という方も多いだろう。

しかし先週”今ごろは、お酒を呑んでは寝てをしていたから感覚が掴めないよ”と言っていた人がいたように、再びの三連休で戻ろうとしていた日々のリズムも逆走してしまうので、今朝は無理してでも朝早く起きる。

さすれば、やはりどんよりとしただるさ・鬱に包まれる。そこで再度、越えねばならないものに気付く。そうはいっても、休みなどとは無縁な飲食業の方など働く人に比べればゆるくて仕方がないだろう。友人たちも、今日は働いている人が多い。
しかし休めるのだから、せいぜいは邪魔な者を可能な限り回避した経路で街歩きを愉しむ。

自分は二十歳を、誰一人歓待する者などいない中、素浪人として街を放浪しているさなか迎えた。
ついよぎるのは学生運動の頃、東大やあさま山荘にたてこもる場所に親が来て「○○ちゃん」と呼びかけるシーン。

二十歳まで育てた親にしてみれば、喜ばしい日だろうが、それは誕生日に祝えばよいこと。また未だに不思議で理解出来ないのは、どうして抵抗感あるはずの年頃の者たちが、全員同じような服装で同じ場所に集まるのか?
その光景は、未だ不気味に見えて仕方がない。ニホン的光景なのだろう。

抵抗を、その場に行って騒ぐなども居るが、それは苦笑に過ぎないが。
未だ共同体が生きている地域の通過儀礼としての祝祭ならまだしも、性貫通をした者が着物で中身を隠し集う光景は、いったい何なのだろうか?

起きぬけラジオをつけると、やはりこの手の話題。すぐ切って音楽を聴く。

昨日もふらふら街をさまよう中で、JANISに寄った。
そこで懐かしい一枚に出会う。
1998年毎日インターFMを聴いて仕事をしていた頃、毎日掛かった曲、ガービッジ。

初めて聴いた「Push It」は衝撃だったが、その後シングルになった曲も素晴らしい。
昨日出会ったCDは3ヴァージョン入りのプロモーションCDで、それゆえにジャケットもない。



■Garbage 「I Think I'm Paranoid」1998■
こうやってついつい買ってしまうCDで、せっかくゴミを捨てて片付けようとする一方でお荷物が増えていく。
コメント (3)
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