第七章 雑録
第一節 作文の病
作文の第一の病は主意の立たぬことなり。主意立たずして書きたる文は価値なし。(中略)作者のこの病に罹ることは第一、頭脳明晰を欠くるがために、一議論に向かって論理的に纏れる有機的組織の論旨を組み立つる力なき故なり。第二、平素言論する事がほとんど囈語的にして、真摯なる談論に心がけの足らぬが故なり。第三、平素他人の名文佳作を読むも、ただ皮相的に読了するのみにて、深くその組織だてる構想着意の妙味を喫せざるが故なり。(中略)
作文の第二の病は、脈絡貫通せざることなり。「脈絡貫通せざる」とは、筋の通らぬことなり。辛うじて主意だけは読者に了解せられても、文の筋道通らぬものなれば、その了解たるや、読者が作者の意を迎えて解くこと多きなり。故に、推察能力の少なき読者に向っては、この文の用を為さざること、主意の立たざる文と大差なし。(中略)分断法あり、布置序あり。首尾一貫、明快人を動かすに足れり。
第三の病は美辞佳句に囚わるることなり。かつて読んで記憶せる美辞佳句を好んで利用せんとするものあれど、そは大いなる誤なり。文は美辞佳句のタメに作るものにあらず、我が思想のために作るものなることを思わざるべからず。我が詩藻三昧より自ら筆端に迸り出づる美辞佳句は固より悦ぶべけれど、もし美辞佳句にのみ眩惑するがごときことあらば、爲に往々にして我が大切なる思想を枉ぐるに至るものなり。(中略)
第四の病は、本旨を閑却して多く他を言うことなり。題意に関する思想が未だ凝結せずして雲霧の状態にあるとき往々この病弊に陥る。(中略)
この他、文の病弊の数うべきものなお多かるべし。唐突を奇抜と思い誤りて得たたるも不可なり。平々凡々尋常小学三四年生の筆にも似たるういういしさをもって、明晰得たりとなすも不可なり。難語難句を並列していわゆる佶屈聱牙もって得たりとなすも不可なり。故なく故事・成語を出し列べて我が学を衒うは陋。剽窃は陋の陋なるものなり。常識を逸してしかも得々たるは、その心の程も見えて浅まし。或は不純物を混じて、いわゆる玉石混交の文を作り、想に辞に、その石を去ってその玉を磨かざるは、またもって得たりとなさず。辞様はそもそもす末なりといえども、一髪の乱れももって相好を傷つくるものあるを思はざるべからず。口語と文語と、片仮名と平仮名との混交もまた避くべし。文法の誤、字画の誤などは、決して見のがすべからざるものあり。(中略)誤字の甚だしきは今日一般学生の通弊なり、深く諫めざるべからず。書き方の不潔蕪雑ということも、またその人の品性を左右すること無きを得んや。簡潔固より貴ぶべしといえども、簡に過ぐるもまたもって得たりとなさず。
(以下略句読法・記述雑例などについて)
第一篇終了
第一節 作文の病
作文の第一の病は主意の立たぬことなり。主意立たずして書きたる文は価値なし。(中略)作者のこの病に罹ることは第一、頭脳明晰を欠くるがために、一議論に向かって論理的に纏れる有機的組織の論旨を組み立つる力なき故なり。第二、平素言論する事がほとんど囈語的にして、真摯なる談論に心がけの足らぬが故なり。第三、平素他人の名文佳作を読むも、ただ皮相的に読了するのみにて、深くその組織だてる構想着意の妙味を喫せざるが故なり。(中略)
作文の第二の病は、脈絡貫通せざることなり。「脈絡貫通せざる」とは、筋の通らぬことなり。辛うじて主意だけは読者に了解せられても、文の筋道通らぬものなれば、その了解たるや、読者が作者の意を迎えて解くこと多きなり。故に、推察能力の少なき読者に向っては、この文の用を為さざること、主意の立たざる文と大差なし。(中略)分断法あり、布置序あり。首尾一貫、明快人を動かすに足れり。
第三の病は美辞佳句に囚わるることなり。かつて読んで記憶せる美辞佳句を好んで利用せんとするものあれど、そは大いなる誤なり。文は美辞佳句のタメに作るものにあらず、我が思想のために作るものなることを思わざるべからず。我が詩藻三昧より自ら筆端に迸り出づる美辞佳句は固より悦ぶべけれど、もし美辞佳句にのみ眩惑するがごときことあらば、爲に往々にして我が大切なる思想を枉ぐるに至るものなり。(中略)
第四の病は、本旨を閑却して多く他を言うことなり。題意に関する思想が未だ凝結せずして雲霧の状態にあるとき往々この病弊に陥る。(中略)
この他、文の病弊の数うべきものなお多かるべし。唐突を奇抜と思い誤りて得たたるも不可なり。平々凡々尋常小学三四年生の筆にも似たるういういしさをもって、明晰得たりとなすも不可なり。難語難句を並列していわゆる佶屈聱牙もって得たりとなすも不可なり。故なく故事・成語を出し列べて我が学を衒うは陋。剽窃は陋の陋なるものなり。常識を逸してしかも得々たるは、その心の程も見えて浅まし。或は不純物を混じて、いわゆる玉石混交の文を作り、想に辞に、その石を去ってその玉を磨かざるは、またもって得たりとなさず。辞様はそもそもす末なりといえども、一髪の乱れももって相好を傷つくるものあるを思はざるべからず。口語と文語と、片仮名と平仮名との混交もまた避くべし。文法の誤、字画の誤などは、決して見のがすべからざるものあり。(中略)誤字の甚だしきは今日一般学生の通弊なり、深く諫めざるべからず。書き方の不潔蕪雑ということも、またその人の品性を左右すること無きを得んや。簡潔固より貴ぶべしといえども、簡に過ぐるもまたもって得たりとなさず。
(以下略句読法・記述雑例などについて)
第一篇終了