別に仕事が忙しいからというのではなく、単に自分の次のシフトの人が休暇中なので、先週から今週にかけて残業でタクシーを利用して帰宅することが続いている。以前にも書いたかもしれないが、タクシーに乗った時はなるべく運転手さんと会話をするように心がけている。わずか15分ほどの間のことなので、できるだけ運転手さんに語ってもらえるように務めているつもりだ。その甲斐あって、多くの場合は仕事帰りのひと時を楽しく過ごして気持ちよく一日を終えることになる。勿論、いろいろな人がいるので毎回必ずというわけにはいかない。
これまでの経験から、タクシー業界のなかでも大手と呼ばれる会社の車を運転している人は客扱いに慣れている印象を受けることが多く、個人タクシーは当たり外れの差が大きいように思う。それでなるべく個人ではなく会社タクシーを利用するようにしている。
仕事を終えて職場のビルの通用口から外に出ると、ビルを取り巻くようにタクシーが客待ちの行列を作っている。「タクシー乗り場」というものが設けられていない場所なので、ビルの角や地下駐車場の出入り口の前後などの行列の途切れたところの先頭の車に乗ることになる。自分の乗りたいタクシーを求めてビルの周囲をぐるっと回る、というようなことはしないが、外に出てすぐのところに停まっているのが個人だったりすると、会社タクシーを求めてビルの角から角まで歩く。この間にビルの車回しの出口と入口もあるので、まず出口手前の先頭、入口手前の先頭、次の角の先頭、と3回の選択機会がある。それでも全部個タクなら、それも縁だと思って個タクに乗る。
今の勤務先で働くようになった去年1月頃は、勤務先界隈のビルの前で客待ちの列を作っているタクシーの過半は会社タクシーだった。それがいつの間にか個タクが多数派を占めるようになった。それが何故なのか、何人かのタクシー運転手に尋ねてみたところ、それまで銀座を拠点にしていた個タクがこちらへ流れてきた所為だという意見が圧倒的に多い。銀座界隈は客数そのものが減少している上に、客待ちタクシーの列に対する交通規制も強化されているという事情があるようだ。
「こんばんは」とか「お願いします」とか言いながらタクシーに乗り込んで行き先を告げ、運転手さんはそれを聞きながらドアを閉め、後方を確認しながら車を車列から道路へと出す。この一連の作業は運転する人にとっては注意力を総動員するところなので、乗ってすぐに余計なことを言い出すと、人によっては成すべき作業を失念したりすることもある。一度こんなことがあった。乗り込んですぐに話を始め、そのまま盛り上がって住処前に着いたら、メーターが入っていなかった。運転手さんは自分のミスなので今回は無料でいい、と言うのだが、そんなことをしてもらってはこちらの気分が悪いので、それらしい半端な金額をカードで支払った。このとき、タクシーに搭載されているカード処理の機器はメーターと連動していないということを知った。以来、タクシーに乗って、交通の流れに乗るまでの数分間はこちらから話しかけないようにしている。
車が発進すると程なく皇居のお堀端に出る。午前1時とか2時という時間でもジョギングをしている人がいる。どのような生活サイクルのなかで深夜のジョギングになるのか想像もつかないが、見た目にはあまり健康的な印象は受けない。近頃は、自転車の人も増えたような気がする。かなり本格的なロードレーサーで、乗っている人のコスチュームもそれらしい姿だ。都心の深夜の道路は決して静かなところばかりではない。特に皇居の周囲は建設中のビルの工事があったり、地下鉄の通路整備というような工事もあれば、下水道や電気の恒例の工事もある。そうした工事の風景とジョギングや自転車の往来が重なる、なんとなく妙な画が現出する。タクシーの運転手さんとの会話の取っ掛かりは、こうしたジョギングの人や自転車のこと、工事のことなどになる。
そうした会話のなかで、記憶に残っているもののいくつかの見出しだけ列挙すると以下のような感じになる。見出しは勿論、私が勝手につけているので、内容は読む人が勝手に想像して頂きたい。
決死のバイク便
首都高 魔の代々木カーブ
油断大敵 連休中の閑散都心 県外ナンバーに要注意
連休は警察の稼ぎ時
無言で宇都宮 昼間なのに
昼の顔 ダンス教室主催 ヒップホップなの
どこまでも一般道で
調布で大破
認知症でもハンドルは放しません
縁石踏んで空中へ
最短記録 交差点横断
車載カメラが語る
元ホスト
元株屋
まだタクシーで働くようになってそれほど長くないという運転手さんが語っていたが、運転手になって驚いたのは、世の中にこれほど交通事故が多いのか、ということだったという。四六時中道路上にいれば嫌でも事故を目撃する機会は多くなる。それにしてもこれほど多いのかと思った、というのである。おそらくそれはその運転手さんだけの感想ではないようで、総じて交通事故のことは話題に上りやすい。
話をしていてこちらも気が引き締まるのは、運転手さんが日頃の心がけを語るときだ。「お客様に、乗ってよかった、と思っていただけるようにといつも考えているんですよ」とか「とにかく安全に目的へお乗せすることが使命です」とか、気負った風もなく、さらりと語られると、そこに社会のなかで暮らす人間が当然に持つべき気概のようなものを感じ、自分もしっかりとしなければならないと気持ちを新たにするのである。
東京の夜は、けっこう好きだ。
これまでの経験から、タクシー業界のなかでも大手と呼ばれる会社の車を運転している人は客扱いに慣れている印象を受けることが多く、個人タクシーは当たり外れの差が大きいように思う。それでなるべく個人ではなく会社タクシーを利用するようにしている。
仕事を終えて職場のビルの通用口から外に出ると、ビルを取り巻くようにタクシーが客待ちの行列を作っている。「タクシー乗り場」というものが設けられていない場所なので、ビルの角や地下駐車場の出入り口の前後などの行列の途切れたところの先頭の車に乗ることになる。自分の乗りたいタクシーを求めてビルの周囲をぐるっと回る、というようなことはしないが、外に出てすぐのところに停まっているのが個人だったりすると、会社タクシーを求めてビルの角から角まで歩く。この間にビルの車回しの出口と入口もあるので、まず出口手前の先頭、入口手前の先頭、次の角の先頭、と3回の選択機会がある。それでも全部個タクなら、それも縁だと思って個タクに乗る。
今の勤務先で働くようになった去年1月頃は、勤務先界隈のビルの前で客待ちの列を作っているタクシーの過半は会社タクシーだった。それがいつの間にか個タクが多数派を占めるようになった。それが何故なのか、何人かのタクシー運転手に尋ねてみたところ、それまで銀座を拠点にしていた個タクがこちらへ流れてきた所為だという意見が圧倒的に多い。銀座界隈は客数そのものが減少している上に、客待ちタクシーの列に対する交通規制も強化されているという事情があるようだ。
「こんばんは」とか「お願いします」とか言いながらタクシーに乗り込んで行き先を告げ、運転手さんはそれを聞きながらドアを閉め、後方を確認しながら車を車列から道路へと出す。この一連の作業は運転する人にとっては注意力を総動員するところなので、乗ってすぐに余計なことを言い出すと、人によっては成すべき作業を失念したりすることもある。一度こんなことがあった。乗り込んですぐに話を始め、そのまま盛り上がって住処前に着いたら、メーターが入っていなかった。運転手さんは自分のミスなので今回は無料でいい、と言うのだが、そんなことをしてもらってはこちらの気分が悪いので、それらしい半端な金額をカードで支払った。このとき、タクシーに搭載されているカード処理の機器はメーターと連動していないということを知った。以来、タクシーに乗って、交通の流れに乗るまでの数分間はこちらから話しかけないようにしている。
車が発進すると程なく皇居のお堀端に出る。午前1時とか2時という時間でもジョギングをしている人がいる。どのような生活サイクルのなかで深夜のジョギングになるのか想像もつかないが、見た目にはあまり健康的な印象は受けない。近頃は、自転車の人も増えたような気がする。かなり本格的なロードレーサーで、乗っている人のコスチュームもそれらしい姿だ。都心の深夜の道路は決して静かなところばかりではない。特に皇居の周囲は建設中のビルの工事があったり、地下鉄の通路整備というような工事もあれば、下水道や電気の恒例の工事もある。そうした工事の風景とジョギングや自転車の往来が重なる、なんとなく妙な画が現出する。タクシーの運転手さんとの会話の取っ掛かりは、こうしたジョギングの人や自転車のこと、工事のことなどになる。
そうした会話のなかで、記憶に残っているもののいくつかの見出しだけ列挙すると以下のような感じになる。見出しは勿論、私が勝手につけているので、内容は読む人が勝手に想像して頂きたい。
決死のバイク便
首都高 魔の代々木カーブ
油断大敵 連休中の閑散都心 県外ナンバーに要注意
連休は警察の稼ぎ時
無言で宇都宮 昼間なのに
昼の顔 ダンス教室主催 ヒップホップなの
どこまでも一般道で
調布で大破
認知症でもハンドルは放しません
縁石踏んで空中へ
最短記録 交差点横断
車載カメラが語る
元ホスト
元株屋
まだタクシーで働くようになってそれほど長くないという運転手さんが語っていたが、運転手になって驚いたのは、世の中にこれほど交通事故が多いのか、ということだったという。四六時中道路上にいれば嫌でも事故を目撃する機会は多くなる。それにしてもこれほど多いのかと思った、というのである。おそらくそれはその運転手さんだけの感想ではないようで、総じて交通事故のことは話題に上りやすい。
話をしていてこちらも気が引き締まるのは、運転手さんが日頃の心がけを語るときだ。「お客様に、乗ってよかった、と思っていただけるようにといつも考えているんですよ」とか「とにかく安全に目的へお乗せすることが使命です」とか、気負った風もなく、さらりと語られると、そこに社会のなかで暮らす人間が当然に持つべき気概のようなものを感じ、自分もしっかりとしなければならないと気持ちを新たにするのである。
東京の夜は、けっこう好きだ。