熊本熊的日常

日常生活についての雑記

原丈人さんにお会いした頃

2010年10月14日 | Weblog
唐突に「原丈人」という人物が登場したのは、私が使っている「ほぼ日手帳」の所為だ。毎日の頁にちょっとした一言が掲載されていて、今日10月14日はこんなことが書いてある。

「鉄道模型に対する父の姿からは
 「好きなことを徹底的にやること」の大切さを学ぶことができたと思っているんです。
 そういう経験からすると、ここをショートカットすれば最短距離だとか、
 こうしたら、簡単に儲かるなんて考えかたで仕事をやっても…
 あんまり、いいことはないだろうなって思う。」
 ――― 原丈人さんが『とんでもない、原丈人さん。』第1部の中で

一度だけ原さんにお会いしたことがある。1995年のことである。当時、私は経団連の新産業新事業委員会の仕事をしていた。当時の委員長はソニーの大賀会長で、私の勤務先の社長が部会長を仰せ付かり、社内から3人のスタッフがお付きとして委員会や部会の事務作業に従事することになった。私はその3人の末席で、カバン持ちのようなものだ。部会の表向きのミッションは日本で起業を促進するための環境作りへむけた提言をまとめること。より直接的な目標は、当時はまだ日本にはなかったストックオプション制度を導入することだった。バブル崩壊から5年が過ぎ、なお閉塞感が拭えないなかで、政治も混迷していた。時の首相は社会党の村山富市。自民・社会・さきがけ連立政権で、自民単独与党の時代とは違って、議員立法が成立しやすい状況が生れていた。この機に閉塞した旧制度に新しい潮流を入れようという機運が高まっていたのである。

この部会メンバーの所属企業は私の勤務先以外では以下の3社。当時の経団連会長がトヨタの豊田章一郎氏であったことからトヨタ自動車、新産業新事業委員会の委員長が大賀氏であることからソニー、なぜか日本開発銀行(現:日本政策投資銀行)。事務局である経団連からは専任で2名、私の勤務先からはカバン持ち含めて4名、ソニーは2名、トヨタと開銀が各1名という構成だった。このメンバーに経団連からさらに1人、そこに通訳の長井鞠子さんを加えて米国の起業事情の調査に出かけた。その際に、確かサンフランシスコでデフタパートナーズのオフィスにお邪魔して、原さんのお話を伺ったと記憶している。

正直なところ、もう15年も前のことなので、話の内容については全く記憶が無い。ただ、いかにも育ちが良さそうな雰囲気の小柄な人、という印象は今でも残っている。ベンチャーキャピタリストというのは、単に投資をするというだけではなく、起業家の参謀のような役割も担うのが本来の姿なので、あまり表に出て有名になってしまうというのは好ましいことではない。参謀とは、起業家にとっては秘密兵器のようなものでもあるので、匿名性がなければ参謀本来の活動ができないからである。おそらく、原さんにしても、そのデフタパートナーズにしても、その存在の大きさほどに世間で知られていないのはそうした事情の所為ではないかと思う。ほぼ日のサイトで糸井重里との対談記事を拝見すると、相変わらずご活躍のご様子だが、今のこの状況は果たして彼が15年前に思い描いていたものと、どれほどの乖離があるのだろうか。

最近、ここに後悔めいたことを書く機会が多くなっているような印象があるのだが、後悔ついでに書くなら、原さんのような人との接点を活かすことなく、この15年を過ごしてしまった己の不明を恥じている。さらについでに後悔すると、この出張調査ではロバート・マクナマラにも会ったのに、挨拶のとき"How do you do"の一言を言うだけで精一杯だった。ケネディとジョンソンの時代に国防長官を務め、その後は世銀の総裁だった人だ。当時はご自身のコンサルタント会社を経営されており、80歳近いというのに矍鑠としておられた。

ただ、この仕事では個人的に大きな収穫があった。それは、実名を挙げさせて頂いた長井さんの仕事ぶりを拝見したことである。通訳という仕事を間近に観察させて頂いたのはこのときが初めてだったが、メモをどのように取るのか、どのようなタイミングで通訳を差し挟むのか、というような極めて実務的な技能を門前の小僧のように体験させて頂いたおかげで、後々の自分の仕事がどれほど円滑になったかわからない。このときの勤務先を退職してから外国人が同僚だったり上司だったりすることが多く、時として彼らの通訳として客先や取材先に同行することも頻繁にあったので、長井さんのお仕事を観察したことがたいへん役に立った。

ほぼ日手帳のひとこと欄がどのように選ばれて編集されているのか知らないが、「鉄道模型」といえば、今日は鉄道記念日だ。それにしても、是非拝見したいのはシャングリ・ラ鉄道博物館だ。残念なことに「博物館」というのは原家での通称であって、一般公開はされていないという。