危険が到来せずその予感だけしかない場合、内攻する自己保存の本能は、人間を必要以上にエゴイストにする。(8頁)
人は要するに死ぬ理由がないから、生きているにすぎないのだろう。そして生きる以上、人間共の無稽なルールに従わなければならないことも、私は前から知っていた。(163頁)
人間がすべて分裂した存在であることを、狂人の私は身をもって知っている。分裂したものの間に、親子であろうと夫婦であろうと、愛なぞあるはずがないではないか。(164頁)
しかし人間は偶然を容認することはできないらしい。偶然の系列、つまり永遠に堪えるほど我々の精神は強くない。出生の偶然と死の偶然の間にはさまれた我々の生活の間に、我々は意志と自称するものによって生起した少数の事件を数え、その結果我々の裡に生じた一貫したものを、性格とかわが生涯とか呼んで自から慰めている。ほかに考えようがないからだ。(166頁)
(新潮文庫 平成22年8月30日 百五刷)
人は要するに死ぬ理由がないから、生きているにすぎないのだろう。そして生きる以上、人間共の無稽なルールに従わなければならないことも、私は前から知っていた。(163頁)
人間がすべて分裂した存在であることを、狂人の私は身をもって知っている。分裂したものの間に、親子であろうと夫婦であろうと、愛なぞあるはずがないではないか。(164頁)
しかし人間は偶然を容認することはできないらしい。偶然の系列、つまり永遠に堪えるほど我々の精神は強くない。出生の偶然と死の偶然の間にはさまれた我々の生活の間に、我々は意志と自称するものによって生起した少数の事件を数え、その結果我々の裡に生じた一貫したものを、性格とかわが生涯とか呼んで自から慰めている。ほかに考えようがないからだ。(166頁)
(新潮文庫 平成22年8月30日 百五刷)