『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』13

2022-09-10 08:23:29 | 創作

 

* 13  *

 

 人気のある華やかな仕事、楽しそうな仕事、お金の稼げそうな仕事、そんな所に人々は群がります。

 なぜなら、そこには幸せがあるような気がするからです。             

                 養老 孟司

 



 叡王戦の予選がはじまった。

 お菓子のペコちゃんの『不二家』が主催している、もっとも新しいタイトル戦である。 

 永世八冠の師匠が、現タイトル・ホルダーである。

 カナリは本戦トーナメントを勝ち上がり、初の師匠との「五番勝負」によるタイトル戦に登場した。 

 対戦前には、神田明神での棋戦の無事運営の神事に二人そろって参加し、神前で玉串を奉奠(ほうてん)した。

 カナリにとっては、何もかもが初めての体験なので、一つひとつが緊張しながらの、おっかなびっくりのタイトル戦であった。

 前日インタヴューで、カナリがうっかり

「不二家のお菓子は大好きで、いつも食べています」

 と何気なく言ったことに、師匠からダメ出しがでた。

 師匠は、不二家の『ルック』チョコのCMに起用されているので、常に、インタヴューでは、「不二家様」と言っていたのである。

 叡王戦のスポンサーでもあるので、カナリがうっかり「不二家」呼ばわりしたので、それを咎められたのである。

 カナリは、発してしまった我が言葉の軽みを悔いながら、己れの人間としての未熟さを悟り、それを諭された時には、号泣して取り乱し、思わず愛菜に抱き寄せられてアタマを「いいこいいこ」された。

 まだ中二の女の子なのである。

 しかし、プロの世界の棋士なのである。

 誰から「お金」を頂いているのか、という自覚は必要なのだ。

 こうやって、将棋の技術のみならず、棋士としての礼節や品格まで、師匠は弟子を善導するのである。

 かつて、ソータ自身も、中学生棋士の頃、対局中に負けを悟ると、脇息(きょうそく)に顔を埋めて泣いたり、溜息をついて動揺したり・・・と、素の少年に戻ってしまい、それを今は亡き師匠に注意されたことがあった。

 その中坊が、棋士としての品格・風格を自覚して、矜持を持って棋士然と変貌したのは、初タイトルの「棋聖」を獲得してのことだった。

 文字通り「将棋の聖(ひじり)」として、背筋に一本芯が通り、泰然自若とした凛々しい風格をにじませるようになったのである。

 愛弟子のカナリも今その轍をトレースしようとしていたのである。

 

 初戦は、師匠が軽く先勝した。

 関西将棋会館での対局だったので、終局後、名古屋市内の自宅に戻るのに、二人ならんで新幹線のグリーン車に席をとった。

 車中の電光掲示板に【速報ニュース】として

《叡王戦。師匠の先勝‼》

 という文字が、幾度も幾度も、繰り返し流れるのを二人同時にながめながら、苦笑し合った。 

(もう、何度も流さないで~っ‼)

 と、カナリは心の中で悲鳴をあげた。

 

                   


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