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常識、コモンセンスとはどういうことでしょうか。
十六世紀のフランスの思想家モンテーニュが語っていた常識とは、簡単に言えば「誰が考えてもそうでしょ」ということです。
それが絶対的な真実かどうかはともかくとして、「人間なら普通こうでしょ」ということは言えるはずだ、と。
養老 孟司
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「大山 桂成です・・・」
大きなキャリーバッグを後ろに従えて、おずおずと玄関に立つ少女を、ソータと愛菜、そして、父の背後に隠れて恐わごわと覗いている聡美が出迎えた。
「いらっしゃい」
と、愛菜とソータが唱和して歓迎した。
身長は、これからおカミさんとなる愛菜とあまり変わりないくらいの子だった。
プロデヴューしたと思ったら、師匠の突然の急逝という不幸に遭遇し、失意の底に落とされた棋界初の「女性棋士」に、手を差し伸べたのは「永世八冠」となったばかりのソータだった。
「あのね・・・。
内弟子取りたいんだけど、いいかな・・・」
と、唐突に相談を持ち掛けられて、愛菜は青天の霹靂(へきれき)だった。
「えっ⁉ それって、住み込み、っていうこと?」
「うん・・・。
二階の角部屋が空いてるでしょ。
そこに住んでもらおうかな、って・・・」
ソータの突然の申し出に、愛菜は、即答できずにいたが、でも、およそ弟子を取るようには見えなかったソータが、「内弟子」を、しかもまだ十代の女の子を同居させて・・・なんて、言い出されるまで想像だにしなかった。
よくよく話を聞くと、恵まれない生い立ちや、度重なる不運、不幸にめげず、将棋の才能を開花させた紛うことなき天才少女だった。
その子を伸ばしてあげたい、というのは、我が子を持って父親となったソータの「父性愛」なのかもしれなかった。
それに、自分も師匠に幼少期に見いだされ、育ててもらった身であった。
【恩送り】という事も棋界の美しい慣わしでもある。
「いいですよ。
将棋のことでは、ソーちゃんに読み抜けはないものね」
と、愛菜は茶化すように笑った。
「ありがとう」
ソータも、すこしばかり照れ臭そうに微笑んだ。
「大変だったわね・・・」
と、愛菜は、これまでの目まぐるしいほど激流のような人生を歩んできた少女の後ろ姿に、そう声をかけた。
そして、この子の棋士人生をこれから引き受けるのだ、という覚悟と共に、愛菜は、わが子同様に可愛がってあげよう・・・と、強く思った。
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