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* 14 *
天才といわれる人は、ほとんどが努力。
人より秀でている部分を、余分に良く使う。
養老 孟司
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叡王戦が終わった。
「0対3」のスコアで師匠がストレート勝ちで、タイトル防衛を果たした。
チャレンジャーのカナリは、一矢も報いることが叶わなかった。
その実力差から言えば、当然といえば当然すぎる結果であった。
しかし、それを悔しいと感じられねば、勝負師としては、あまり見込みがない。
カナリなりに、コテンパンにやられた事は、不甲斐なく、情けなく、そして、たしかに悔しくは感じていた。
(必ず、強くなるッ‼)
という闘志が、女勝負師の奥深くに、確かに金鉱のように眠っていた。
それでも、終局後の感想戦では、たっぷり一時間かけて、師匠にさまざまな変化手順を教えて頂いた。
それが、実戦での何よりの勉強であり、そして、未来への経験値の貯蓄なのであった。
【勝った試合より負けた試合にこそ学ぶ事が多い】というのは、すべての勝負事に通ずる先人の経験則である。
現在、公式のタイトル戦は八つある。
その最高峰は、「名人」と「竜王」であり、栄誉・賞金(7千万)ともに双璧とされている。
その他に「王位」「王将」「王座」に「叡王」「棋王」「棋聖」とある。
現在、このすべてのタイトルを五年以上も独占しているのがカナリの師匠である「永世八冠」なのである。
棋界一七〇人の中で、最強の棋士なのだから、それも当然の地位なのかもしれない。
師匠は、中二のデヴュー当時、棋界から『四百年に一人の天才』と畏怖された稀有の存在であった。
一口に四百年というが、それは、将棋が始まって来、という最大限の賛辞なのである。
事実、その名に恥じることなく、デヴュー戦からの29連勝を始め、ありとあらゆる記録を更新してきた棋界で唯一の棋士である。
十九歳での五冠をはじめ、最年少での「名人」ともなった。
それに伴い、賞金ランキングでも、十年連続一位の4億円超えである。
CMも5本出演している。
それでいながら、ノーギャラのヴォランティアでも、地元の将棋祭りに招聘されたらその参加を厭わない。
カナリも日曜朝のNHK杯に初出場してから、毎年のようにシードとなり全国的にその存在が知られるようになった。
一部の美人「女流棋士」がやっている『YouTube』のような動画にはいっさい関わらず、黙々と師匠宅の自室で研究に余念がなかった。
時には、師匠から誘われて、まったく得意ではない「振り飛車」戦法もやるようにと言われて、稽古をつけてもらっていた。
本来、師弟共に本格の「居飛車」党である。
だが、プロである以上、ありとあらゆる定石に精通していなければ、公式戦のみならず、全国の少年少女たちに指導対局ができないのである。
棋士は将棋を教える「先生」でもある。
しかし、ゴルフと同じように、レッスン・プロではなく、トーナメント・プロが本業であり、闘って賞金を獲得してこそプロ棋士と名乗れるのである。
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