『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』8

2022-09-05 07:57:31 | 創作

* 8  *

 

 人生とは些細な体験の繰り返しである。

 歳とれば、その些細が積もり積もったものになる。

                          養老 孟司


 

 カナリは、入門するまで、師匠にパソコン自作の趣味があることを知らなかった。 

 永世八冠を神のように崇拝する奨励会の十代の少年たちは、カナリ以上に神様の趣味嗜好については詳しかった。

 なので、先にプロ入りした同世代のカナリには表向きは「先生」という敬語は使うものの、オフの同期会では「カナちゃん」と愛称で呼ばれ、羨望と憧憬をも込めて師匠のトリビア情報を教わるのだった。


 自室で、負けた順位戦の一局を盤を前に、ひとりであれこれ検討していたら、ノックの音がした。

「はい。

 どうぞ・・・」

「ちょっと、いい?」

 師匠だった。

「カナちゃん、パソコンって使えたっけ?」

「・・・・・・」

 カナリは言葉に詰まった。 

 一時期、もらい物の古いノート型を使ったことがあったが、すぐに固まってしまって、あんまりイライラするから、爾来、使い慣れた駒と盤とに戻したところであった。

 隠す必要もなかったので、そんな顛末を正直に話した。

 師匠は、少年のように笑った。

「じゃあ、また、お下がりになっちゃうけど、今度は固まらないと思うから、もう一回挑戦してみたら?

 この先、自分の対局をファイルしておくと、何かと便利だと思うよ。

 ソフトも、最強のが入ってるから、僕も勝てないくらいだから・・・(笑)」 

 それは、ソータが全棋士出場のトーナメント『朝日杯』で初優勝して、賞金の800万で、思いっきり最高スペックにして作り上げたというモンスター級のマシンだった。

 一時期、それが話題になって、自作パソコンの専門誌にも登場したことがある。

 

 その時のインタヴュー記事には・・・

「自作した最新のものは、CPU(中央演算処理装置)にAMDの『Ryzen Threadripper(ライゼン・スレッドリッパー)3990X』を使っています。

            

 データの処理スピードは現状で世界トップクラスなので、ものすごい性能だといえます。

 3990Xを搭載したパソコンは、AI研究や高度の映像処理に適してますが、自分は、将棋ソフトのみを利用して、数百億手まで高速に読み込む能力を活かして、対局に生かしています」

  

 趣味として、さらに高スペックの「超」高速処理の一台を組み立てるので、そのお古をカナリにあげる、というのである。

 奨励会の仲間たちが聞いたら、またまた、

「内弟子の愛弟子・・・ 神ってるぅ‼」

 と、わけの分からない事を言って、地団駄踏みそうなので、内緒にしとこ・・・と、思った。

 AIには「ずぶの素人」のカナリは、世間のマニアほどに、そのハイ・スペックなモンスター・マシンの価値を知る由もなかった。

「はい。いただきます」

 と、まるで、お風呂でも先に頂くような、安直な返事をした。

 そのバケモノの真価を知るのは、ずっと後になってからの事である。

 

          


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