『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

飯館村研修

2014-07-06 16:10:00 | 仕事
土曜日から一泊二日で
「宗教研修会」による
飯館村の状況を
村会議員さんの案内で
視察してきた。



田畑があったと思われる
平坦地の広大な面積に
延々と汚染土が積まれて
山となっている。




カバーのない部分では、
放射線遮蔽用の砂袋が
剥き出しになっていた。

ガイガーカウンターを持って
近づいたら、途端に
針が触れた。





この砂袋を見ているうちに、
まるでモダン・アートのような
奇妙な幻想に捉われた。

この絵図は
未来まで残しておきたい。


全国の電力会社の株式総会で
原発排炉の提案が
否決されたという。

反対した株主たちに
この破壊された自然の
光景を見せてやりたい。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

棚倉散策

2014-07-05 04:50:00 | 風景
昨日で
棚倉中の夏休み前の
勤務が終わった。

2学期制なので
1学期が終わった、
と言えなくなって、
なんだか違和感がある。

中高によって
2学期制と3学期制が
混在しているのでややこしい。



昼休みによく
城跡公園の堀を
一周りして散歩していたが、
城郭内にあった
古い図書館が
何故だか知らぬが
解体されてしまった。





ルネッサンス内も
早くと職場に到着したときには、
よく散歩していた。

コンサートホールの
「倉美館」前には
遊歩道があって
よく歩いている。

最近、教育長から
「棚倉でもギターコンサートをやってほしい」
と言われたので、
教育委員会主催でやってくれたら
いいのになぁ・・・と、
希望を抱いている。




車で町内を散策していたら
偶然見つけたお寺があり、
門前に駐車して
石段を登ってきた。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Bewitched

2014-07-04 05:05:00 | TV・ドラマ


BS222で毎朝、
懐かしい『奥様は魔女』が
放映されているので
録画して見ている。

一度、アマゾンで
全集を買おうかと
思ったことがあったが、
買わないでよかった。

現在は、
「シーズン2」の
『32.犬もバければ…/Man's Best Friend』
『33.金のナル木/The Catnapper』
辺りを放映している。

「シーズン8」まで
全254話がある。

日本では1966年から
吹替版が放映されたので、
小3頃の白黒時代に
毎週観ていた。


ダーリンが初代の
ディック・ヨークで、
「シーズン6」から
ディック・サージェントに代わる。

エリザベス・モンゴメリー(1933-1995)、
ディック・ヨーク (1964–1969)、
ディック・サージェント(1969–1972)、
共々、故人となった。

サマンサの声の
北浜晴子さんは
まだ76歳でご健在のようである。

他の吹き替え映画などでも
北浜さんの声はサマンサで
聴きなれているので、
すぐに分る。

原題の『Bewitched』は、
bewitch (魔法にかける/ 魅了する)
という動詞の過去分詞で受身形なので、
「魔法にかけられて(いる)」
「うっとりさせられて(いる)」
という意味であるから、
ダーリンがサマンサに
ベタ惚れで
魔法をかけられているような、
ということであろう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブロックフレーテの魅力

2014-07-03 04:25:00 | 音楽


「ブロックフレーテ」とは
小中学校でやるリコーダーのことだが、
最近、その名手である
ハンス・マルティン・リンデの
演奏を聴きたくなり、
家中のCDを探しているが、
なにせ1.000枚以上あるので
三日探しているが
なかなか見つからないでいる。

仕方ないから、
また買いなおそうかと
ネットを見ていたら、
アマゾンでは今やプレミア価格で
14.000円もするので
驚いてしまった。

これはレコードも持っているが、
『涙のパヴァーヌ』はまさに
涙が出るほど絶品で、
かつてリサイタルでも
リンデ版をギターに編曲して
演奏したことがあるほどだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

被災地

2014-07-02 06:12:00 | 風景


去年の夏は、
慰霊のため、
原発の見える浪江地区に
立ち入り許可を得て行った。

津波によって
一面が更地と化した
海沿いの住宅街は、
3.11のまま時が止まって、
何事もなかったように
月見草だけが咲いていた。




請戸漁港には、
子どもたちと
度々釣りに来ていたが、
近くの集会所が
2階まで津波にやられたものの
建物だけが取り残されていた。

近くには、
津波や原発事故の犠牲になられた
人々を慰霊するのに、
石仏が置かれ
花や線香が手向けられていた。

あの日から、まだ
たった3年しか
経っていないのである。

「フクシマ」の人間は、
この哀しみを
世界に発信していかねばならない
と思っている。








コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする