毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。
普段は
信仰心なぞまったくない
数学教師のカミさんだが、
どういうわけか、
墓参りだけは
きっちりしないと気がすまない
たちのようである。
なので、
いつも、せっつかれて
春秋の彼岸とお盆には
連れていかれる。
自分は
フルタイム宗教なので、
パートタイム宗教の人たちを
どこかで面白がっているが、
逆に、盆も彼岸もこだわらず、
ホトケほっとけの方で、
自分の葬式も墓参も別に
してもらいたいとも思っていない。
でも、
長年、抹香臭い京都に
棲んでいたせいか、
墓地や寺巡りは
キライではない。
一休や利休の墓参りにも
出かけたことがある。
長らく茶を嗜んでいるので、
古びた灯篭なぞにも
魅かれるものがある。
在京中は、
カミさんと二人で
離宮以外は末寺、塔頭まで
ほぼ行き尽くして
探訪記録もマメに
幾冊も作っていた。
帰郷してからは、
郷里の景観のなかに
時折、京都の風情を
感じたりする処を
見つける時がある。
信夫山でも、
墓地のススキや灯篭、
眼下に流れる川筋には
どこか嵯峨野っぽさを
感じないでもなかった。
社務所の花壇一面に
彼岸花が絨毯のように
密集して咲いていた。
小川の畔に
ぽそりと紅を置いたように
侘しく咲いてるのには
風情を感じるが、
花壇一面に植えられたものは、
なんだかなー・・・である。
(•ω•`; )
カミさんが
牛バラ肉パックを買ってきたので、
半分ほどもらって、
セルクルという型に敷き詰めて
70℃で50分ほどオーヴンで
低温調理してみた。
ウェッジウッドに
型から外して
庭のハーブを飾り、
卵黄・にんにく・オリーヴオイルの
黄色いソースと
あまった白身の薄焼きを添えてみた。
肉には
タイムやバジルを効かせたので、
いくらかフレンチっぽい
惣菜になった。
あまり肉好きじゃないカミさんは
一切れチョイと
摘んだっきりだった(笑)。
昨日は朝方、
背中が痛くてダルさもあり、
鎮痛剤が切れかかっていたので、
近所のマツキヨまで
散歩がてら買いにでた。
途中の氏神様には、
早く体調不良が全快しますように、
国試が合格してますように、
と二大懸案をお願いした。
求めよ、
さらば与えられん、
である。
前日から、
バッピーランドの
珍しい白い彼岸花を観に行こうと
カミさんに誘われていて、
そのつもりでいたが、
クスリを買いに出ただけで
具合がワルクなったので
ドタキャンした。
カミさんは
ひとり寂しく出かけたが、
出先から画像を送ってきた。
鎮痛剤と安定剤を呑んで
しばらく伏していたら
だいぶんと良くなったので、
「食養生」として、
いつもの倍量のランチをこしらえた。
クルミ・バケット4枚に
それぞれモッツァレラをのせて
ピザトーストにした。
これに小皿いっぱいの
タバスコをつけて
気付け薬のように
カプサイシンを採る。
冷凍野菜とポークビッツを
黒酢で炒めて、
クミンとコリアンダーを効かせて
生薬効果を期待した。
裏庭で採ったザクロを2ケ搾って
ソーダ割りにした。
デザートは黄桃。
病床で摂るには
ほぼ完璧なメニューである。
クスリが効いたのか、
食事が効いたのか、
仰臥安静が効いたのか、
はたまた相乗効果でか
体調が急によくなって
日常活動ができるまでに復活した。
なので、
散歩で摘んできた
三色のコスモスを
『ボンベイ・サファイア』(ジン)の
青い壜に活け、庭のザクロを
一閑張の炭斗(すみとり)に
盛ってみた。
ついでに
橙色に熟した鬼灯(ほおずき)と
シークワーサーも添えた。
書は、
かつてのクライエントだった
書道十段のMちゃんに書いて頂いた
「雨にもまけず」にした。
なんとか、
賢治の詩のように
“丈夫なカラダ”を
持ちたいものである。
いちどは
暗記した詩だったが
今は心許ないかぎりだ。
でも、
しだいに
「木偶の棒」のような生き方に
近づきつつあるかもしれない。
午後から体調が回復したので、
医大オケOBによる
コンサートにでかけた。
会場のテルサは
ギター発表会で
17回も演奏したので、
舞台裏も客席も
馴染みのホールである。
平成9年の
サトウサンペイさんの講演会では
主催者スタッフだったが、
この折、末期癌で余命数ヶ月だった父が
ヨロヨロとした足取りで来場し、
二階席の最前列中央に座っていた。
そして、
自分は右上の最上席から
その様を目に焼き付けた。
なので、
きのうもそこに座って
在りし日の父の後ろ姿を
脳裏に思い浮かべていた。
プログラムは
オール・モーツァルトで、
しかも、オールEs-Dur(変ホ長調)
という拘りのあるものだった。
モーツァルトといえば、
すぐにト短調の40番や25番の
交響曲を思い出すが、
どこか悲劇的で、
かの小林秀雄は
「疾走する哀しみ」
と表現した。
去年は、
リサイタルのピアノとのデュオで、
ピアノ協奏曲第23番の
第2楽章をとり上げたが
これは嬰ヘ短調であった。
手放しの幸福感のような
イ長調の平行調だが、
ひととおりでない哀愁と
儚げで夢想的で、どこか
天国的で、この世ならざる
調性であった。
変ホ長調は、
ベートーヴェンの交響曲3番の
イメージが強いせいか、
何処かエロイカ的な
神々の饗宴的な開放感が
感じられる。
そして、
その平行調であるハ短調は、
久石 譲の最も得意とする
「久石調」である。
これも、
リサイタルでは
『ナウシカ』をピアノ演奏した。
昨日のプログラムでは
モーツァルトが8歳で作曲した
交響曲1番が皮切りに演奏された。
ハ短調の緩楽章を聴きながら、
『アマデウス』で観た
父親につれられて
ヨーロッパ各地を馬車で転々とする
幼い姿が彷彿された。
セレナードのトリオにも
そのハ短調が登場して、
モーツァルト特有の
蒼いようなクッキリした影が
明るい陽射しのなかに
感じられた。
ホルン協奏曲は
名手ブレインのCDで聴いていたが、
きのうの久永さんのホルンも
見事なものだった。
ことに、
独奏部分のカデンツァと
アンコールでのロッシーニのソロでは
ホルンの伸びやかな歌いぶりと
様々な音色が楽しめた。
三十年ほど前に、
金光の文化祭で
教職員楽壇でやった
『七つの子』で、
今は亡き近藤カズちゃんが
ギター伴奏に乗せて
ホルンで旋律を吹いたのが
しみじみとよかったのを思い出して
胸の奥が熱くなった。
風邪で
丸まる一週間を
自宅療養で過ごして来た。
その間、
カウンセリングやギターレッスンは
なんとかやり果せたが、
それ以外はほとんど
床に伏して読書と
もっぱら録りためた番組を
駄々羅に見ていた。
一週間前の
「大めまい」は恐ろしい症状だったので、
もう二度と体験したくないものである。
ご神前での御祈念でも
そうお願いさせて頂いた。
さらには、
ご神前での御祈念には
相応しくないと遠慮していた
“国試合格”についても
偽らざる気持ちとして
「どうか、合格させて下さい。
よき結果でありますように」
と、自己採点結果用紙を
案(台)の上に置かせて頂いた。
国試疲れと
当落線上で結果を待つ不安が
心的負荷となっていそうなので、
心配を「神様に預ける」という
基本に帰らせて頂きたいのだが、
なかなか人心、凡夫の哀しさよ、
である。
老後や病時のためにと
十年ほど前から
せっせと文学の朗読テープやCDを
18ヶ所ある学習センター図書館を駆け巡って
1000アイテムほどコピー蒐集した。
なので、
いつ寝たきりになっても
盲(めしい)になっても
なんとか暇潰しには
なりそうだが・・・(笑)。
もっとも、
達者なうちから、
けっこう寝たきり生活しているし、
昨年、眼底出血をしてから
飛蚊症でけっこう視界も悪くなってきた。
国試の準備期間中は、
通退勤にはほとんど
自分でテキスト朗読したCDを聴いて
耳学習をしていたので、
それが終わった今、
また文学朗読を味わいながら
車中の時間を過ごそうと思う。
テニス仲間のM先生の処から
分けていただいたパイナップルの株が
元気に根付いてスクスクと成長してきた。
この分でいくと
何年後かには結実して
実が収穫できるかもしれない。
フクシマでパイナップルを
室内栽培して収穫したのは
M先生ん処が第一号だが、
ぜひとも第二号の栄誉に浴したい。
その半面、
長らく、元気に育ってきた
ミニサボテンが枯れだして
今にも成仏しそうで、
西日を当てて養生させているが、
どうも効果が見られない。
今日あたり、
生気の強い庭の土に換えてみて
様子を観ようかと思う。
裏庭のザクロは恐ろしく成長して、
二階の窓から実が獲れそうである。
フレッシュな
グレナデン・ジュースのソーダ割りを
今年も楽しめそうである。
きのうは病欠して、
朝寝・昼寝・夕寝と
寝たきりジジイに
なりきっていた。
それでも
夜にはしっかり寝れて、
今朝はいくぶん
体調がいい。
目覚めてる間は、
ずっとコミックを読んでいた。
買い置きのものが
山ほどあるが、
散歩で見つけた
『まぐろ土佐船』が
どうしても読みたくなり、
万サイ堂まで買いに出かけた。
2001年に出たばかりの頃に
一読して面白かったのが
印象に残っていて、
1巻目を見つけて
また再読したくなった。
重厚でコクのある味の内容で
読後に至極満足感があった。
なので、
すぐに続巻の2,3巻を
アマゾンに注文した。
ツタヤの新刊コーナーも
のぞいてみたら、
なんと『響』の新刊が出ていて
歓喜した。
今、いちばん読みたい、
ノッているマンガである。
実写版映画なぞは
興味の外だが、
今回は次期総理を相手に
タイマンをはる響が
なんともカッコイイ。
サブキャラのセリフじゃないが、
「響ちゃん。
日本の総理まで動かしちゃうんだ」
というような
漫画的ご都合主義は
相変わらずだが、
マンガを超えている、と賞される
『四百年に一人の天才』
ソータが登場してから、
まんざら「響」も有り得なくもないか、
と思わされる面もある。
我われは
トンデモナイ天才に出会うと、
まさに畏怖と羨望とリスペクトの
コンプレックス状態に
魅了されるのかもしれない。
ネットでは
軽々に「神ってる」
などという
動詞が使われているが、
ほんとに「神ってる」存在が
現われると
人は言葉を失う。
そう。
絶句する。
最近は、ソータ以外、
なかなか「神ってる」キャラに
お目にかかっていないが、
「響」はまさに
そんな「神ってる」キャラ
なのかもしれない。
日がな一日、
病床に伏していたら、
ふとライブラリーにある
『漂流』が読みたくなり、
階下に降りて
全四巻を抱えて
ベッドにもぐった。
2050年の近未来物で、
宇宙船内のスペースコロニーで
展開される物語だが、
メカやクリエイチャーは
ハリウッド映画並みの劇画として
楽しめるのだが、
いかんせん話がダサダサで
駄作もいい処である。
「さいとう・たかを」の
ほぼ全作品を読んできたが、
中にこういう愛すべき駄作が
ちょいちょい交じっている。
読んでいて
気恥ずかしくなるのだが、
なぜ病床で読みたくなるのか・・・。
やはり、
その他愛なさに
病んだ気が、
どこか癒されるのだろう。
むかしは、
風邪をひくと
不思議と「水木しげる」が
読みたくなることがあって、
やっぱり、あの他愛なさに
癒されたものである。
自分用の『自分史』を
すでに書き上げて
製本化してあるが、
小児喘息で何年も入院生活していた
“こころの友”は、やはり
ギターよりもマンガであった。
マンガなくして
我が人生は
なかったかもしれない。
病床に伏すと、
きまって過去ログを読みたくなり、
2017年のブログを冊子化した
『人生を遊ぶ 2017』を
初めて一読した。
この本、
改行なし、フォント小さめ、
キチキチに詰めにつめて
313頁もある。
去年のちょうど今頃、
3週間あまりのひどい
気管支炎を患って
仕事を休んでいた。
なるへそ。
詳細な自分史でもあり、
簡略な日記でもあるブログは、
ヘルス・ケアのデータベースにも
利用できるものである。
***
国民的人気キャラ?(笑)
秋風羽織の「洒落本」が出て
受けた。
『人生は、半分、青い』
というタイトルも
気が利いている(笑)。
いよいよ、
来週が最終週で、
物語の大団円である。
今日の処は、
スズメ&リツが開発成功した
「そよ風の扇風機」を
元ダン、駄目ダンだった
リョーちゃんが、
スンバラシイCF製作して
プレゼンのイベントで上映される。
そこへ、
タイミングよく
一匹の蝶が舞い込んでくる。
「そよ風に誘われて、
本物のチョウチョもきてくれました」
というスズメのMCに
プレゼン会場は
和やかな雰囲気に包まれるが、
瞬間、グラリと映像が揺れる。
そして、
青い蝶は飛び去って行く。
その蝶こそが、
あ、ユーコちゃんだ、
とユンギャン(ユング派心理屋)は
気がついた。
蝶はラテン語で「プシケ」、
それは「息」「風」、
そして「たましい」という
意味でもあり、
「Psychology」の
「サイコ(心)」でもある。
2011年3月11日、
2時46分という
“あの時”が
『半アオ』で再現された。
ε=ε=ε=ヾ(◎θ◎)ノ
きのうの段階で、
まだカラダに違和感があり、
風邪が治りきれてないと判断して、
今日の欠勤を早々と申し入れた。
今朝は
ストーヴを炊くほどに
冷え込み、
カラダの違和感は
昨日よりもむしろ強い感じである。
カンレキを過ぎると
風邪ひとつでも
なかなかスッキリと
治ってはくれないもんである。
今日から
月曜までの4連休で
しっかり療養して
完治させたいと願っている。
カミさんの学校でも
子どもたちが多く
体調を崩しているらしい。
***
長らく
庭の土中に埋設されていた
放射能汚染土が、
やっと昨日になって搬出された。
きのうは
半日のあいだ
重機の工事音が
家中に鳴り響き、
土固め機の振動が
伝わってきた。
庭の半分ほどが
掘り返されて
プレコンバッグが
8袋も取り出された。
これが
放射能に汚染された
かつての表土である。
庭に埋設して
仮置きされていたが、
これが搬出されて、
やっと除染終了ということになる。
この間、
3.11から実に
7年半もの時を経ている。
山土と山砂利を埋設し、
機械で念入りに踏み固めて
地均しされていた。
この夏、
猛暑で除草もせず、
伸びっぱなしになっていた
庭の半面がキレイになってくれて
いくらかスッキリした。
最終計測では
0.05シーベルトと
汚染前に戻って
やれやれである。
当時は
2.5シーベルトもあり、
50倍もの放射線量だった。
先週から
吾妻山の火山活動が
レベル2となり
入山規制が出た。
現在、
レストハウスなども
閉鎖されている。
湿原のワタスゲを見に行ったときに、
たしかに、火口が増えているな
と思っていたが、
やはり火山活動が
活発化していたんだ。
ドカーンと爆発して
火山災害にならないと
いいのだが・・・。
幸い、火砕流が届く心配はないが、
観光面では大打撃を蒙るだろう。