『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

還暦+1

2018-12-06 11:46:00 | 生活
亡き父のいのちうけつぎ
 六十一の生まれ日迎えし
  今日のわがいのち

        瓢 水


年寄りにはあらずと思へ
 六十一歳の生まれ日のわれ
  若くはあらぬ

        碧 水


毎年、
碧水先生の御歌を剽窃して
一文字だけ変えて
我が歌としている(笑)。

(^▽^)>テヘヘ…♪  

亡父は名前の「明」と
水道屋だったので
「水明」という号で
雑俳を多く残していた。

自分は私淑する碧水先生と
「瓢げる」のが好きなので
「瓢水」と号している。

***

昨晩も今朝も、
今日が誕生日ということを
失念していた。

もう、自分の歳に
感心がなくなったんだろうか。

おとつい、
幼稚園のミニコンで
エネルギーを消耗して
オフ日の昨日は完全休養が
要るほどに披露困憊だった。

もう、若くないんだ・・・と、
あらためて思い知らされた。

今朝は左の下腹部痛で目が覚めた。

左腿のオデキが癒えてきたら、
こんどは左背中の脂肪腫が
化膿してきた。

なんでもかでも、
左ばっかり患っている。

でも、
80%ブルーライト・カットの
メガネを着用するようになってから、
三年越しの左首痛が
自覚されなくなって
喜んでいる。

もっとも、
Tちゃん先生に
「完治願い」のお届けをしているので、
蔭祈念と神様のおかげを頂いたと
ありがたく思っている。

過去ログを見てみると
毎年、誕生日の朝は
どこか患ってる(笑)。

去年は
風邪気味と
プチうつ気味で、
痛み止めと
頓服の抗うつ剤を呑んでる。

ヽ(;▽;)ノ ハハハー

ビョーキノ タンジョービダーイ





還暦スヤーの二大イベントは、
5回目の『復興支援リサイタル』と
『公認心理師』の資格取得だった。

どちらも
自分に課した個人的大事業だったが、
なんとか無事にやり遂せられた。

これもひとえに、
神様、御霊様の御加護と
家族はじめ周囲の方々の
ご理解、ご支援の賜物であると
ありがたく思っている。

「還暦+1」イヤーは、
『復興支援ファイナル・リサイタル』
という大事業が4ケ月後の
4/14にある。

準備は万端だが、
共演者との練習も
これからである。

***

3.11後に購入した
「祈る母」という
テラコッタを見ながら
「すべてに礼を言う心」を忘れまい、
と毎日、思っている。

そして、
今、辛い闘病生活や
精神的苦悩の渦中にいる
クライエントや知人の方々が
一日も早く「癒える」ことを
願い、祈っている。

 すべてに禮をいふこころ
  神をあらはし
   神になるこころ

・・・と、
碧水先生は
言われた。

 ひとり助ければひとりの神
  十人助ければ十人の神

・・・と、
金光教祖は
言われた。

自分にとって
「自己実現の道」とは
「生神の道」を辿ることでもある。

「日々が更(さら)」で、
「毎日が晩年」
という思いで生きている。

 賜はりし大切なわが役柄に
  こころつくして
   仕へさせ給へ

と願い、祈って、
出勤させて頂いている。

何事も我が力でやっていると
思っていると、
神は見ているしかできないが、
何事もありがたくやらせて頂きますと
思い替えをすると、
神は手助けして下さるという。

ちかごろ、やっと、
「在る物みな美しく
 起こる事みな良し」
という究極を
段々と受け容れられるつつある
ような気がしている。

あの腹立たしい
高速道路での「あおり運転」事件も
自分もヤンキーに土下座させられた事件も
なんらかの必然だったのだろう、
という思いが何処かにある。

60才の還暦の歳に
ちょうど60点で合格した
資格試験も、なんだか
神惟(かんながら)であるなぁ・・・と、
思わせて頂いた。

まさしく、
神慮(かんはからい)は
奇(くす)しくて
人の思いぞ及ばざる、
である。





ギター以外に
同じ撥弦(はつげん)楽器の
リュートという楽器も
嗜んでいる。

これは16~18世紀に
栄えた古楽器で、
現存のものは少ないが、
昨今の古楽ブームで
現代作家によって
レプリカが作られている。

自分も何本か作っては
コンサートで披露してきた。

奏法はギターとは
まったく異なり、
独特の弾き方をする。

羊の腸から出来たガット弦が
2本ずつ張られており、
それを爪を用いずに
指の頭で弾くと
丸い胴体に共鳴して
なんとも床しい音いろがする。

西欧の王侯貴族、宮廷音楽家、
辻楽師などに愛されるも
滅びてしまった楽器である。

それゆえに、
現代に奏でるのは
ロマンがある。





T中3年生の
卒業文集委員から
原稿を頼まれて
鉛筆書きして渡した。

これにも
師の碧水先生のお歌を
借用した。


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至福の時間

2018-12-05 08:23:00 | ギター
きのうは、
T中に隣接する幼稚園で
30分のミニコンサートを
行ってきた。

数十名の園児に
平場の教室で
聞かせるものと
想像していたが、
総勢200名に大ホールの
ステージだったので
想定外だった。





学校から歩いても行けたが、
ステージ衣装やら
備品が多かったので、
カウンセリング室での白衣を着たまま
車でいちど校外に出て
幼稚園の広い駐車場に向かった。

15分前に到着すると
昼休みで園庭で遊んでいた園児たちが
「ギターの先生だー!!
 こんにちわー!!」
とみんな元気よく挨拶してくれて
手をふってくれるので、
こっちも一々手を振りながら、
青いジャケットに着替えた。

のっけから
たいそうな歓迎ぶりである。

ホールに入場してきた子どもたちは
先生方に言い含められてきたのか、
みな少しばかり緊張した面持ちで
先生たちの「お口チャック」の仕草を
横目でみながらおとなしくしていた。

園側でも
「ギターリサイタル」
という名目で、
純クラシックのプログラムを
想定されていたようで、
子どもたちにオシャベリ厳禁を
事前指導していたようだ。

なので
畏まっている姿が
気の毒になって
持参したグローブ・パペット
(片手遣い人形)を
「タナちゃん」と名づけて、
インチキ腹話術で挨拶してみた。

そして、一曲目を弾く前に、
「『魔女の宅急便』、見たことあるひとー!?」
と問いかけると、
そこは幼児たちで
「見たーッ!!」
ヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/
と半数以上が
笑顔で手を揚げてくれた。

それで、
だいぶ会場が暖まってくれて
緊張が解けたようだった。

そして、演奏が始まると、
静かにお利口に聞いてくれ、
弾き終えると
ちゃんと拍手をしてくれた。

「キキちゃんが、ホウキに乗って
お空を飛んでるの見えたかなー!?」
と訊くと
「見えたーッ!!」
♪ヽ(´▽`)/
と数人の子が応えてくれて、
嬉しかった。





ソロ用の『もののけ姫』と
『ラピュタ』を用意していたが、
まだ緊張している子がいたので、
割愛して、すぐに
「お歌のコーナー」に入って
『となりのトトロ』の
『さんぽ』をギター伴奏で合唱した。

全員が園でやって
知っていたので、
200名の園児の凄まじい歌声が
ホールに響いて、
まるでパリ・コンサートで
合唱団を指揮した
久石譲のような気分になった。

自分のギターに合わせて
子どもたちが心を合わせて
ピタリと歌ってくれるのは
なんとも得がたい経験で
快感でもあった。

それは、かつて、
O小学校文化祭での
『ポニョ』の大合唱以来である。

子どもたちは
すっかりマイペースになり
リラックス・ムードになったが、
周囲の先生方が
騒ぎ出すんじゃないかと
ハラハラされてる様子だった。

「お歌コーナー」を
続けた方がいいと思って、
「『あわてん坊のサンタクロース』は
みんな知ってるかなー!?」
と訊くと、
「知ってるーッ!!」
と元気に返ってきて、
何人かが歌いだし
それにつられて一団も歌いだした(笑)。

(あららら・・・)(笑)

゜゜(´O`)°゜

それを割って止めて(笑)、
「じゃ、ギターと一緒に歌いましょう・・・」
と両手メガホンで
大声を発した(笑)。

(^◇^;)

それもギターのキーに合わせて
ピタリと歌声がそろっていて
魂消て感心した。

つづく『きよしこの夜』は
だーれも歌わず、
ステージ袖にいらした
女性教頭先生が
「知らないんです」
とのことで
意外だった。

『ジングルベル』も
全部は知らないようで、
「♪ ジンゴベー、ジンゴベー♪
 鈴がーなるー」
のとこだけ合唱してくれた。





サービスに、
カウンセリングに来る
中学生に時々やって見せている
得意の「赤玉ふやし」マジックと
サムチップ(親指キャップ)を使った
「赤布出し」をやって見せた。

園児も先生も・・・(笑)、
口をアングリと開いて
(・̆○・̆)(・̆○・̆)(・̆○・̆)
単純なトリック手品に感動して
ワーワーの拍手喝采だった。

パペット腹話術やったり、
手品やったり、
オレはピン芸人か・・・と、
内心、自虐的に苦笑していた。

ほんに、
「歌って踊れるカウンセラー」
である(笑)。

癒しのプロの
「公認心理師」の
初仕事のようなものである(笑)。

それから、
純フラメンコの
『セヴィリジャーナス』を
「ハリポタみたいな国の
お祭りの曲だから、
4つの切れ目で
「オレーッ!」
って元気に叫んでねー!」
と、いちど練習させた(笑)。

これは
毎年リサイタルで演奏し、
毎週、H君とデュオ練習しているから、
お手の物で、それこそ
派手ハデに弾いてみせた。

そしたら、
見事に曲の合間に
200名の園児たちが
「オレーッ!!」
を入れてくれ
ソリストとしては
その気分のいいこと、いいこと(笑)。

子どもって
大したもんだなぁ・・・と、
教育者の端くれとしても
あらためて思った。

先生方も想定されていた
純クラシックの
ギターリサイタルとは勝手が違って
「あらま・・・」という
お顔をなさっていたが、
子どもたちが陽気に楽しんでいるのを
ご覧になって、少しずつ
表情が緩んでこられた。

最後は、
十八番の『コーヒー・ルンバ』を
マックス・スピードと大音量で
決めたので、子どもたちは
気圧されたのか
「オレ…」
がまばらだった(笑)。

教頭先生の司会で
二人の男の子と女の子が
手を揚げて感想を言ってくれて、
その素直な表現が
何よりの「ご褒美」だった。

アッという間の30分だったが、
車に戻ったら、
しぼるほどの汗をかいていて、
かなりの腹痛を感じていた。

おそらく
アドレナリンが出て
胃腸が痙攣収縮したんだろう。

帰校して、すぐに
鎮痙剤のブスコパンを呑んだ。

そうとう緊張していたんだなぁ・・・と、
まだまだ“うぶ”な自分の
表現者としての
良心を感じることができた。

やはり
「二百の無垢のたましい」と
「四百の瞳」を前には、
大人には通じる
ハッタリや誤魔化しは
通じないのだ。

それこそ全身全霊で
全人的関与をせねばならない
「時」と「場」がある、
ということを
臨床家としても
音楽家としても
無意識的に解っているのだろう。

師の河合先生は
「100点以外はダメな時がある」
と仰っていた。

筆記の資格試験は60点だったが、
実技の今回は、もちっと
イイ点が取れたような
気がするのだが・・・(笑)。

(´~`;)  








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受難?

2018-12-04 04:18:00 | 風景
毎朝、
あいさつしていた
寝室前のシャーロットの姿が
突然なくなり、
巣には大きな穴があいていた。

懸念していた
鳥に急襲され
捕食されたのかもしれない。





なんたって、
シャーロットちゃん
キレイすぎるくらい
目だっていた。

ああもカラフルで
日がな一日
巣の上でジッとしてたら
プレデター(捕食者)に
「喰ってください」と
言わんばかりである。

まして、
我が家の白壁をバックにしては
恰好の標的になるだろう。

なんたって
鳥は恐竜の末裔である。

初冬で餌枯れの時季ともなり、
丸まるムチムチの肢体は
ご馳走そのものではないか。

どうせ巣を張るんなる
もちっと擬態の効く
草木をバックにすべきだったろう。

それとて、
見逃さない鳥も少なくないが・・・。

美人主(あるじ)の不在となった巣は
うらぶれた汚らしいクモの巣に
成り下がった。





ソーちゃんの棋戦の日は、
たいがい“ながら仕事”で、
何かしらやっている。

最近では、
来年のファイナル・リサイタルでの
ロビー頒布品用の書籍や
CD類を製作している。

製本は仏語で
「ルリュール(reliure)」
というが、
製本家という仕事がある。

狭義には、
『ハリポタ』などに出てきそうな
皮表紙の分厚い豪華装丁本を
作る職人をさすようだが、
広義には、
自分のようにブックレットを
増産する家内工業職人も
含まれるのではないだろうか。

もうすでに、
50種ほどを500冊以上は
確実に製本した。

それらが
手許に残っていないということは、
売れたか贈呈したことになる。





フレンチのソース・デコレも
けっこう奥が深く、
その本があるほどで、
さまざまなテクニックが
紹介されている。

デコラ・スプーンだけでも
相当なパターンが描けるが、
ラテ・アートと同じく
細心さと思い切りのよさの
両方が求められて
なかなかの手練が要る。

「遊びごころ」だけではダメで、
やはり確実な手技を
身につける必要がありそうだ。

国試勉強からも解放されたので、
茶道とフレンチ道を
地道にスキルアップさせていきたい。





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信夫山「さんぽ」

2018-12-03 04:41:00 | 音楽
きのう
合格通知と証書が
書留で届いた。

要項をよく見たら
11月30日に発送とあった。

通知には
自己採点と同じ結果が
表記されており、
あらためて薄氷を踏む思いを
させられた。

横井庄一さんの
「恥ずかしながら帰って参りました」
に倣って
「恥ずかしながら最下位当選でした」
という心境である。

ハジカチー…ヽ(///>_<;///)ノ

もっとも
カミさん曰く
「受かっちまえば、こっちのもんだ」
そうだ(笑)。

(|||´Д`|||) ヾ(^^ ) ドンマイ・ドンマイ

・・・とはいうものの、
「先ず生きて、
手本となるべき先生」としては、
至らぬ処を猛省して、
不足分を勉強・補習しなくては
と思う。

それが、
この現実の布置であり、
意味であり、御神慮であろう。

奢ることなかれ、である。

「資格」は
臨床家の「必要条件」ではあっても、
「十分条件」ではないのだ。





SC(スクールカウンセラー)としては
平成8年からの二期生で、
還暦過ぎて未だにやってるのは
院の先輩でもあるY先生と
自分の二人だけである。

教育委員会では
「ベテラン」
「レジェンド」の扱いだが、
“騏?睿靴い討?稜呂卜瑤襦
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ご褒美?

2018-12-02 06:36:00 | ギター
きのうは
「心理師」合格のご褒美なのか、
大学ギター部定演で
後輩たちと邂逅し、
馴染みの鮨店で
楽しく旧交を温めた。




音楽堂では
クリスマス飾りがなされていて、
あぁ、そろそろ、うちも
クリスマス・オナメント出さなきゃなぁ・・・と、
思った。

大ホールのステージを
最前列で眺めていて、
これまで5回の
『復興支援リサイタル』の想い出が
走馬灯のように想い返された。

そして、
あと4ケ月後には、
ファイナル・ステージに
立っているはずである。

この荘厳な堂内にいると、
過去・現在・未来が去来するような
同時に存在するような、
まるで一枚の楽譜を
演奏するかのような
不思議な感慨にとらわれる。

そう。
楽譜には、音楽がすでにそこに在り、
これからもそこに在り、
奏でると、今、音となって立ち上がり、
それらがつながると曲となる。

曲とは、流れるように
麗しく「曲がる」ところにも拠る、
という説もある。





きのうの
もひとつのご褒美は、
ソーちゃんが初めて
解説者デヴューしたことである。

本来、さほどに
饒舌とも思えない
“国民の孫”を
みんな期待と心配で
見守るかのように
十万人もがその解説に見入った。

奨励会では幹事役だった
山崎八段が異例の拍手で迎えて、
さすがに大人のフォローをしながら
稀代のスター少年棋士を
盛り立てていたのは
さすがの気配りであった。

子持ちママのミナミちゃんも
初めて大天才少年を前に
緊張して挨拶でかんでいた(笑)。

大盤解説では
さすがにパッと手が見えて
大先輩の八段を
「思いつかない」
と驚かせていた。

時に、対局者の羽生竜王と
差し手がシンクロして
一般観覧者も驚きのコメントを
記していた。

ソーちゃんの
読み筋のプロセスが
解説という形で
垣間見られたのは
全国将棋ファンにとっては
またとない貴重な機会であった。

ただ、
山崎八段も番組の中で
「お断り」として、
「藤井君は、まだ高校生なので
夜10時以降は出演できませんので、
最後の詰め将棋の部分をいちばん
解説してほしかったのに、
それが残念です・・・」
との言葉どおり、
対局の終盤で帰宅となった。

まだ中学生の頃でも、
本人対局の時は
11時半を越えた時も幾度もあり
「日本一はたらく中学生」
というジョークがあった。

それは、
プロとして
「労基法」の
例外になるのかもしれない。

もうすでに
高1にして
年収ウン千万円の世界に
彼はいる。





茶室用の
ダミー障子窓を
仕上げて、
茶室に設えてみた。

かつて老母の部屋で
十年来、額装した油絵が
飾ってあったので、
この部分だけが
壁紙が焼けずに目立っていたので
その目隠しに設置した。

そしたら、
たまたま冬タイヤ交換に
帰省してきたナツが
庭にクルマを入れたところだったので、
にじり口から呼んで
けったいなお茶室を見せた。

彼は建築科なので、
こんな不思議な
似非数奇屋の茶室も
面白かろうと思う。

初冬の寒気で
ドウダンツツジが
今ごろ真っ赤に染まり、
緑の苔庭に映えて、
このアングルは
「プチ京都」の風情が感じられた。




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