[12月30日03:00.天候:曇 東京中央学園上野高校・新校舎]
マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!我らを阻む扉よ、その口を開け。我らに一時の進入を許したまえ。アヴァ・カ・ムゥ!」
ポウッと魔法の杖の先が光ったかと思うと、いくつかあるガラス扉のうち、1つの鍵が電気錠のように回って開いた。
マリア:「よし、今のうちだ」
稲生:「ありがとうございます」
キノ:「便利な魔法だぜ」
3人は昇降口から中に入った。
キノ:「朝帰りで締め出された時にちょうどいい。その魔法、オレにも教えてくんねーか?」
マリア:「アホか!」
稲生:「朝帰りで締め出される理由って何なんだい?」
キノはいい歳した大人である。
門限もヘッタクレも無いと思うのだが。
キノ:「うるせーな。付き合いだよ」
稲生:「既婚恐妻家サラリーマンみたいなこと言って……」
キノ:「あのなぁ、オレはオメェみてーにニートじゃねーの!オレはちゃんと閻魔庁勤務の官僚だ。ナメんじゃねぇ」
マリア:「ある意味、官僚からは程遠い存在だが」
キノ:「何か言ったか?」
マリア:「別に。それで、栗原氏はどこにいる?」
キノ:「目星が付いたら、苦労はしねぇよ。おい、ユタ。何かヒントみてーなものは無ェか?」
稲生:「えーっとねぇ……。無い」
キノ:「だーっ!」
稲生:「それより静かにして!警備員さんが起きてきちゃうよ。宿直室は向こうなんだから」
キノ:「ううっ……!」
マリア:「私達を新校舎に呼びつけたんだ。これでノーヒントってことは無いはずだ」
稲生:「ですよねぇ……」
稲生は昇降口から左右に広がる廊下を見渡した。
この新校舎にも無限廊下の話はある。
だがそれは、この廊下ではない。
今は非常口誘導灯の緑色の明かりや、消火栓の赤ランプの光があるだけだった。
稲生:「しょうがないから、校舎内を歩いてみよう。迷った時には、とにかく行動しろってイリーナ先生も言ってたし」
キノ:「ほお……?意外といい事言うもんだな。あの細目魔法使いは……」
基本的にいつも両目を細目にしているイリーナ。
気持ちが昂るとカッと目を開くので、稲生は『御開眼』と呼んでいる。
少し進むと、各部活のお知らせみたいなものが貼ってある掲示板に辿り着く。
運動部の掲示板では、冬休みの合宿についてだとか、インターハイに向けて頑張るので応援ヨロシク!みたいなポスターが貼ってあった。
文化部の掲示板は廊下の角を曲がった所にある。
稲生:「うわっ!?」
キノ:「んっ?」
マリア:「!」
OBである稲生が必然的に先導者みたいになるわけだが、その先導していた稲生が驚いて飛び上がった。
キノが思わず、妖刀を抜き掛けるほどだった。
その掲示板の前には、1人の男子生徒が倒れていた。
それも、血だらけで……。
稲生:「な……!?だ、誰がこんなことを……!?」
キノ:「おいおい。新校舎の方も、のっけからスプラッターじゃねーか。こりゃ、宿直室も血の海なんじゃねーか?」
稲生:「そんな……!」
その男子生徒はうつ伏せに倒れており、頭に何かを突き刺されていた。
これが致命傷となったのか。
マリア:「刺さってるのはペンだな……」
キノ:「ペンだぁ?」
マリアが引き抜くと、確かにそれはシャープペンだった。
キノ:「ふーん……。ペン……刺さる……死体……」
キノは右手を顎にやって考えた。
稲生:「な、なに?」
キノ:「いや……」
キノはニヤッと笑った。
キノ:「これが本当のサスペンデッドってな!(刺す・ペン・デッド(死体))」
マリア:「くだらんダジャレを言ってる場合か。栗原氏のことが心配なんだろう?」
キノ:「当たり前だ。だがな、これくらいの余裕かましとかねーと、オレ自身、発狂しちまいそうな気がしてよ」
マリアが窘めたが、キノは口元を歪めて答えた。
だがその直後、死体がシュウシュウと煙を立てて消えてしまった。
マリア:「これは魔法で作ったダミーだぞ!?」
稲生:「ええっ!?」
その煙は、とある文化部のポスターの中に消えて行った。
その文化部とは、映画研究部。
ただ単に映画鑑賞をするだけの部ではなく、時折自主制作の映画まで作る本格ぶりだ。
稲生が現役の頃には既に存在していた部で、撮影の際は演劇部にも協力を仰いでいたことを思い出す。
どうして稲生がそのことを知っているのかというと、稲生達、怪現象に立ち向かっていたメンバーは新聞部に所属していたからである。
新聞部なら怪現象を探るのに、取材という形を取れるからだ。
映画研究部にもそれに関する怪談話があり、合宿と称して、地方での自主制作映画撮影に同行したこともある。
マリア:「どんな話だ?」
稲生:「僕が入学する1年前に、当時の映研部長がホラー映画に凝っていて、当然の如く自主制作の内容もホラー物になったそうです。この学校は当時から怪現象が多かったので、そのうちの1つを取り上げて、映画化しようってことになったわけです」
キノ:「この時点でもう嫌な予感が立ち込めているな。で?」
稲生:「この学校、講堂があるんですよ。体育館とは別に。体育館よりは狭いんで、入学式や卒業式の時には使いません。何かの発表会とかに使うんですね。主に演劇部が使っていましたが。で、その講堂、上のフロアに行けるようになっているんです。そのフロアは実は宿泊施設になっていて、何故かその施設……出るんですよ」
キノ:「幽霊か?妖怪か?」
稲生:「話的にはどちらも。で、映研部はそのうちの1つ、“逆さ女”が出る話を映画化しようとしたんです」
キノ:「逆さ女ぁ?大したヤツじゃなさそうだな」
稲生:「そりゃキノから見ればね。その宿泊施設、各ベッドに番号が振られていて、4番のベッドに寝ると、逆さ女が現れて取り憑かれるという話です。で、近いうち食い殺されると」
キノ:「血肉が目的ならそんな面倒なことしねぇで、その場で食っちまえばいいのに……」
キノはあくまで妖怪側の視点で語った。
キノ:「逆さ女という名前ってことは、逆さまになって現れる女妖怪のことだな。で、それと映画とどんな関係があるんだ?」
稲生:「実際に撮影はその宿泊施設で行われたそうなんだ。で、逆さ女の役をやった演劇部員がいたんだけど……。ま、撮影は無事に終了したらしいんだ」
キノ:「何だ。撮影の最中に逆さ女が出たっつー話じゃねーのか。あ?俺だったら、ついでに演技指導するけどな。あ?」
稲生:「この学校で鬼が登場するような映画撮影はしないよう、僕から後で言っておいた方がいいね。……話を戻すよ。その後、撮影したフィルムを部長が編集していたら、逆さ女が現れるシーンに差し掛かったんだ。そしたら、その内容が物凄く良く撮れていたそうなんだよ。何しろ、役者を逆さ吊りにしての撮影だったから、かなり難しかったらしいんだ。それがまるで、本物が演じてるかのように自然に、且つ4番ベッドで寝てしまった男子生徒に鬼気迫る勢いで襲う逆さ女が撮れていたんだって」
キノ:「おおかた、本人がこっそり出て来たんだろ。見え見えのオチだ」
稲生:「いやいや、だとしたらいくら何でも気づくって。部長はそんなに上手く撮れた感じはしなかったのにと首を傾げつつも、それを本編の中に組み込んだんだって。何だかんだ言って、上手く撮れてたからね。そしたら……逆さ女の役をやった演劇部員が、まるで猛獣に食い殺されたかのような惨殺・猟奇死体で見つかったんだって。それも自宅で」
キノ:「ふーむ……。獲物ん家まで、わざわざ出張したのか。ますますワケ分かんねー女妖怪だぜ」
マリア:「あ、思い出した!」
マリアがポンと手を叩いた。
マリア:「この前、ユウタと一緒に観たホラーアクション映画があっただろう?」
稲生:「“私立探偵 愛原学 〜探偵のバイオハザード〜”ですか?」
マリア:「そう。あの映画に、似たような化け物が出てこなかったか?」
稲生:「確か……サスペンデッド!そうだ!さっきキノが言ってたオヤジギャグだ!」
キノ:「悪かったな、オヤジギャグで!それがどうしたっていうんだ?」
稲生:「主人公が確か、サスペンデッドを見て、『妖怪、逆さ女』と呼ぶシーンがあった」
キノ:「分かりにくいヒントだったな。なるほど。要は逆さ女ってヤツが何か知ってるってことだな。そいつ締め上げりゃ、江蓮の居場所を吐くってか」
稲生:「う、うん。でも、大丈夫かなぁ?」
キノ:「何が?」
稲生:「噂じゃ、その逆さ女は何人もの犠牲者を出しているらしいんだ」
キノ:「そりゃ、普通の人間はエサ同然だろうよ。ま、安心しな。今回はオレが何とかしてやる。あーだこーだ抜かしやがったら、ボコして吐かす」
マリア:「……仮にも女だぞ?」
キノ:「だからどうした?このオレに敵対するヤツぁ、男でも女でもブッ殺す。それだけだ」
キノは鋭く尖った爪の生えた右手だけで、バキッと骨を鳴らした。
稲生を先頭に、3人は講堂上の宿泊施設へ向かう。
マリア:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!我らを阻む扉よ、その口を開け。我らに一時の進入を許したまえ。アヴァ・カ・ムゥ!」
ポウッと魔法の杖の先が光ったかと思うと、いくつかあるガラス扉のうち、1つの鍵が電気錠のように回って開いた。
マリア:「よし、今のうちだ」
稲生:「ありがとうございます」
キノ:「便利な魔法だぜ」
3人は昇降口から中に入った。
キノ:「朝帰りで締め出された時にちょうどいい。その魔法、オレにも教えてくんねーか?」
マリア:「アホか!」
稲生:「朝帰りで締め出される理由って何なんだい?」
キノはいい歳した大人である。
門限もヘッタクレも無いと思うのだが。
キノ:「うるせーな。付き合いだよ」
稲生:「既婚恐妻家サラリーマンみたいなこと言って……」
キノ:「あのなぁ、オレはオメェみてーにニートじゃねーの!オレはちゃんと閻魔庁勤務の官僚だ。ナメんじゃねぇ」
マリア:「ある意味、官僚からは程遠い存在だが」
キノ:「何か言ったか?」
マリア:「別に。それで、栗原氏はどこにいる?」
キノ:「目星が付いたら、苦労はしねぇよ。おい、ユタ。何かヒントみてーなものは無ェか?」
稲生:「えーっとねぇ……。無い」
キノ:「だーっ!」
稲生:「それより静かにして!警備員さんが起きてきちゃうよ。宿直室は向こうなんだから」
キノ:「ううっ……!」
マリア:「私達を新校舎に呼びつけたんだ。これでノーヒントってことは無いはずだ」
稲生:「ですよねぇ……」
稲生は昇降口から左右に広がる廊下を見渡した。
この新校舎にも無限廊下の話はある。
だがそれは、この廊下ではない。
今は非常口誘導灯の緑色の明かりや、消火栓の赤ランプの光があるだけだった。
稲生:「しょうがないから、校舎内を歩いてみよう。迷った時には、とにかく行動しろってイリーナ先生も言ってたし」
キノ:「ほお……?意外といい事言うもんだな。あの細目魔法使いは……」
基本的にいつも両目を細目にしているイリーナ。
気持ちが昂るとカッと目を開くので、稲生は『御開眼』と呼んでいる。
少し進むと、各部活のお知らせみたいなものが貼ってある掲示板に辿り着く。
運動部の掲示板では、冬休みの合宿についてだとか、インターハイに向けて頑張るので応援ヨロシク!みたいなポスターが貼ってあった。
文化部の掲示板は廊下の角を曲がった所にある。
稲生:「うわっ!?」
キノ:「んっ?」
マリア:「!」
OBである稲生が必然的に先導者みたいになるわけだが、その先導していた稲生が驚いて飛び上がった。
キノが思わず、妖刀を抜き掛けるほどだった。
その掲示板の前には、1人の男子生徒が倒れていた。
それも、血だらけで……。
稲生:「な……!?だ、誰がこんなことを……!?」
キノ:「おいおい。新校舎の方も、のっけからスプラッターじゃねーか。こりゃ、宿直室も血の海なんじゃねーか?」
稲生:「そんな……!」
その男子生徒はうつ伏せに倒れており、頭に何かを突き刺されていた。
これが致命傷となったのか。
マリア:「刺さってるのはペンだな……」
キノ:「ペンだぁ?」
マリアが引き抜くと、確かにそれはシャープペンだった。
キノ:「ふーん……。ペン……刺さる……死体……」
キノは右手を顎にやって考えた。
稲生:「な、なに?」
キノ:「いや……」
キノはニヤッと笑った。
キノ:「これが本当のサスペンデッドってな!(刺す・ペン・デッド(死体))」
マリア:「くだらんダジャレを言ってる場合か。栗原氏のことが心配なんだろう?」
キノ:「当たり前だ。だがな、これくらいの余裕かましとかねーと、オレ自身、発狂しちまいそうな気がしてよ」
マリアが窘めたが、キノは口元を歪めて答えた。
だがその直後、死体がシュウシュウと煙を立てて消えてしまった。
マリア:「これは魔法で作ったダミーだぞ!?」
稲生:「ええっ!?」
その煙は、とある文化部のポスターの中に消えて行った。
その文化部とは、映画研究部。
ただ単に映画鑑賞をするだけの部ではなく、時折自主制作の映画まで作る本格ぶりだ。
稲生が現役の頃には既に存在していた部で、撮影の際は演劇部にも協力を仰いでいたことを思い出す。
どうして稲生がそのことを知っているのかというと、稲生達、怪現象に立ち向かっていたメンバーは新聞部に所属していたからである。
新聞部なら怪現象を探るのに、取材という形を取れるからだ。
映画研究部にもそれに関する怪談話があり、合宿と称して、地方での自主制作映画撮影に同行したこともある。
マリア:「どんな話だ?」
稲生:「僕が入学する1年前に、当時の映研部長がホラー映画に凝っていて、当然の如く自主制作の内容もホラー物になったそうです。この学校は当時から怪現象が多かったので、そのうちの1つを取り上げて、映画化しようってことになったわけです」
キノ:「この時点でもう嫌な予感が立ち込めているな。で?」
稲生:「この学校、講堂があるんですよ。体育館とは別に。体育館よりは狭いんで、入学式や卒業式の時には使いません。何かの発表会とかに使うんですね。主に演劇部が使っていましたが。で、その講堂、上のフロアに行けるようになっているんです。そのフロアは実は宿泊施設になっていて、何故かその施設……出るんですよ」
キノ:「幽霊か?妖怪か?」
稲生:「話的にはどちらも。で、映研部はそのうちの1つ、“逆さ女”が出る話を映画化しようとしたんです」
キノ:「逆さ女ぁ?大したヤツじゃなさそうだな」
稲生:「そりゃキノから見ればね。その宿泊施設、各ベッドに番号が振られていて、4番のベッドに寝ると、逆さ女が現れて取り憑かれるという話です。で、近いうち食い殺されると」
キノ:「血肉が目的ならそんな面倒なことしねぇで、その場で食っちまえばいいのに……」
キノはあくまで妖怪側の視点で語った。
キノ:「逆さ女という名前ってことは、逆さまになって現れる女妖怪のことだな。で、それと映画とどんな関係があるんだ?」
稲生:「実際に撮影はその宿泊施設で行われたそうなんだ。で、逆さ女の役をやった演劇部員がいたんだけど……。ま、撮影は無事に終了したらしいんだ」
キノ:「何だ。撮影の最中に逆さ女が出たっつー話じゃねーのか。あ?俺だったら、ついでに演技指導するけどな。あ?」
稲生:「この学校で鬼が登場するような映画撮影はしないよう、僕から後で言っておいた方がいいね。……話を戻すよ。その後、撮影したフィルムを部長が編集していたら、逆さ女が現れるシーンに差し掛かったんだ。そしたら、その内容が物凄く良く撮れていたそうなんだよ。何しろ、役者を逆さ吊りにしての撮影だったから、かなり難しかったらしいんだ。それがまるで、本物が演じてるかのように自然に、且つ4番ベッドで寝てしまった男子生徒に鬼気迫る勢いで襲う逆さ女が撮れていたんだって」
キノ:「おおかた、本人がこっそり出て来たんだろ。見え見えのオチだ」
稲生:「いやいや、だとしたらいくら何でも気づくって。部長はそんなに上手く撮れた感じはしなかったのにと首を傾げつつも、それを本編の中に組み込んだんだって。何だかんだ言って、上手く撮れてたからね。そしたら……逆さ女の役をやった演劇部員が、まるで猛獣に食い殺されたかのような惨殺・猟奇死体で見つかったんだって。それも自宅で」
キノ:「ふーむ……。獲物ん家まで、わざわざ出張したのか。ますますワケ分かんねー女妖怪だぜ」
マリア:「あ、思い出した!」
マリアがポンと手を叩いた。
マリア:「この前、ユウタと一緒に観たホラーアクション映画があっただろう?」
稲生:「“私立探偵 愛原学 〜探偵のバイオハザード〜”ですか?」
マリア:「そう。あの映画に、似たような化け物が出てこなかったか?」
稲生:「確か……サスペンデッド!そうだ!さっきキノが言ってたオヤジギャグだ!」
キノ:「悪かったな、オヤジギャグで!それがどうしたっていうんだ?」
稲生:「主人公が確か、サスペンデッドを見て、『妖怪、逆さ女』と呼ぶシーンがあった」
キノ:「分かりにくいヒントだったな。なるほど。要は逆さ女ってヤツが何か知ってるってことだな。そいつ締め上げりゃ、江蓮の居場所を吐くってか」
稲生:「う、うん。でも、大丈夫かなぁ?」
キノ:「何が?」
稲生:「噂じゃ、その逆さ女は何人もの犠牲者を出しているらしいんだ」
キノ:「そりゃ、普通の人間はエサ同然だろうよ。ま、安心しな。今回はオレが何とかしてやる。あーだこーだ抜かしやがったら、ボコして吐かす」
マリア:「……仮にも女だぞ?」
キノ:「だからどうした?このオレに敵対するヤツぁ、男でも女でもブッ殺す。それだけだ」
キノは鋭く尖った爪の生えた右手だけで、バキッと骨を鳴らした。
稲生を先頭に、3人は講堂上の宿泊施設へ向かう。