[12月29日23:40.天候:曇 JR大宮駅]
稲生とマリアは深夜の大宮駅にいた。
深夜になっても年末の大宮駅は多くの人で賑わっている。
忘年会帰りなのか、真っ赤な顔をしたサラリーマンの姿も多く見られた。
そんな中を2人は改札口からコンコースに入って、ホームへ向かう。
稲生:「えー、6番線ですね」
稲生は電光発車票を見ながら言った。
さすがのこの時間帯ともなると、もう上野東京ライン直通は無くて、上野止まりばかりとなる。
もちろん東京中央学園上野高校は、その名前の通り上野にあるので、むしろ好都合である。
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は、23時48分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア10両です。グリーン車が付いております。……〕
長野ほどではないが、冷たい風がホームの中を吹き抜ける。
その為、列車が入線してくるまでコンコースで待つ乗客も少なくない。
大宮駅には仕切られた待合室が無いからだ。
新幹線乗り場になら専用の待合室があるのだが、それ以外の在来線には無い。
マリアはローブを羽織り、フードも被っていた。
これからは魔道師として行くのだから、フル装備である。
稲生が震えながら、Suicaで缶コーヒーを買う。
稲生:「マリアさん、飲みますか?」
マリア:「いや、いい」
〔まもなく6番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、4つドア10両です。グリーン車が付いております。……〕
稲生が缶コーヒーで温まっていると、ホームにやっと接近放送が響いた。
〔「6番線、ご注意ください。高崎線、普通列車の上野行きが参ります。短い10両編成です。ホームの中ほどでお待ちください」〕
しばらくすると、下り方向からHIDの真っ白いライトを点灯させた電車が接近してきた。
今しがた反対方向を通過していった貨物列車の機関車が付けていた、黄色掛かった旧式のヘッドライトとは明らかに色合いが違う。
〔「ご乗車ありがとうございました。おおみや〜、大宮です。車内にお忘れ物の無いよう、ご注意ください。6番線は高崎線の普通列車、上野行きです。次は、さいたま新都心に止まります」〕
夜の上り列車で、尚且つ大宮駅で降りる乗客は多かったこともあってか、稲生が乗った最後尾の車両は空いていた。
京浜東北線みたいな通勤電車と同じ内装の車両。
2人は硬めの座席に座った。
〔「この電車は高崎線上り、普通列車の上野行きです。さいたま新都心、浦和、赤羽、尾久、終点上野の順に止まります。信号が変わり次第、すぐの発車となります。ご乗車になりまして、お待ちください」〕
稲生:「?」
稲生は自分のスマホを出した。
そこで時計を見る。
すると時刻表ではもう発車して良い時間だというのに、発車ベルが鳴らなかった。
稲生は不審に思って乗降ドアからホームを見てみる。
すると、レピーターが点灯していない。
レピーターというのは車掌が確認する信号機のことで、運転士が確認する信号機と連動しているものだ。
地上信号機の場合は赤信号だと、レピーターも消灯している。
つまり、赤信号なので電車が発車できず、発車メロディを鳴らせないというわけだ。
稲生:(どういうことだ?この先の閉塞に、別の電車がいるなんてダイヤ上は無いはず……)
車掌が詰めている後部乗務員室でも、車掌が運転指令と何かやり取りをしている。
稲生:(まさか、信号機故障!?)
稲生の背中に冷やっとした物が走った。
だが、それは信号機故障ではなかった。
信号機はちゃんと正確に動いていたのである。
何故なら……。
稲生:「!?」
通過線である5番線(ホームは無い)を通過していく列車がいたからだ。
それは貨物列車でも、団体列車でも無かった。
……いや、広義で言えば団体列車になるのだろうが。
稲生:「うあっ!?」
稲生が驚きの顔と声を上げたのを、他の乗客達は不審に思った。
それは稲生とマリアにしか見えなかったからだ。
通過線を通過して行くのは、モハ80系だった。
くすんだ湘南色の塗装をし、薄暗い蛍光灯が灯った車内には蒼白い顔をした乗客達がボーッと座っている。
グリーン車も連結されていたが、そこに乗車している乗客はいない。
車両によっては苦悶に歪んだ顔をして、こちらを見ている乗客もいる。
ある程度、霊感のある乗客などは何となく気がついていたようだ。
但し、キョロキョロと辺りを見回している。
どうやら、電車の走る音は聞こえても、肝心の電車が見えないようだ。
向こうも10両編成だった。
1番後ろの乗務員室にいる車掌は、冥界鉄道公社の黒い制服を着ていて、蒼白い顔をこちら側に向けていた。
稲生:「冥鉄ですね」
マリア:「人間界の鉄道より優先させるとは……。こりゃ、そろそろ本気で叩いた方がいいかもしれないな」
マリアは魔道書をパタンと閉じた。
冥鉄電車が通過していったことで、やっと信号が開通したらしい。
〔「お待たせ致しました。上野行き、まもなく発車致します」〕
やっと発車メロディがホームに鳴り響く。
因みに大宮駅の中電ホームでは、発車メロディは駅員が鳴らすことになっている。
そして、駅員が客終合図を出す方式だ。
ジリリリリという客終合図の後、電車のドアがガチャンと閉まる。
E233系だとバン!と閉まるのに、その一世代前のE231系だとガチャンだ。
恐らく、ロックの仕方が違うのだろう。
〔この電車は高崎線、普通電車、上野行きです。【中略】次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
〔「この電車、大宮駅を約3分遅れで発車をしております。お急ぎのところ、電車遅れまして大変申し訳ありません。大宮駅におきまして、信号機確認を行っておりました影響で……」〕
実際は信号機のせいではなく、第一種鉄道事業者であるJR東日本の列車を押し退けて、第二種鉄道事業者である冥界鉄道公社の列車が先行したからである。
こんなことがあって良いものなのか。
稲生:「もしかして、乗客では分からない信号機故障とかポイント故障の原因って……」
マリア:「全部が全部そうではないだろうけど、冥鉄が絡んでる場合もあるってことさ。また1つ勉強になったな」
稲生:「勉強になったなって……。困りますよね」
マリア:「うん。でも、この世とあの世を結ぶ鉄道と、人間界と魔界を結ぶ唯一の交通手段でもあるから、どうしようも無い。殿様商売って言うのか?日本では……」
稲生:「殿様商売ねぇ……」
マリア:「ま、あまりヒドいようだったら、師匠に頼んでクレームでも入れてもらうさ」
稲生:「…………」
電車は眩いくらいに明るかった大宮駅を出発すると、暗い本線の上に出た。
当たり前ではあるが、あの冥鉄電車の姿はもう無かった。
もう冥鉄の亜空間トンネルに入ったのか、それともずっと先の区間を走っているのか……。
ホラー的な展開は学校に着いてからと想定していた稲生にとっては、正に先手を打たれた結果となった。
稲生とマリアは深夜の大宮駅にいた。
深夜になっても年末の大宮駅は多くの人で賑わっている。
忘年会帰りなのか、真っ赤な顔をしたサラリーマンの姿も多く見られた。
そんな中を2人は改札口からコンコースに入って、ホームへ向かう。
稲生:「えー、6番線ですね」
稲生は電光発車票を見ながら言った。
さすがのこの時間帯ともなると、もう上野東京ライン直通は無くて、上野止まりばかりとなる。
もちろん東京中央学園上野高校は、その名前の通り上野にあるので、むしろ好都合である。
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の6番線の列車は、23時48分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア10両です。グリーン車が付いております。……〕
長野ほどではないが、冷たい風がホームの中を吹き抜ける。
その為、列車が入線してくるまでコンコースで待つ乗客も少なくない。
大宮駅には仕切られた待合室が無いからだ。
新幹線乗り場になら専用の待合室があるのだが、それ以外の在来線には無い。
マリアはローブを羽織り、フードも被っていた。
これからは魔道師として行くのだから、フル装備である。
稲生が震えながら、Suicaで缶コーヒーを買う。
稲生:「マリアさん、飲みますか?」
マリア:「いや、いい」
〔まもなく6番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、4つドア10両です。グリーン車が付いております。……〕
稲生が缶コーヒーで温まっていると、ホームにやっと接近放送が響いた。
〔「6番線、ご注意ください。高崎線、普通列車の上野行きが参ります。短い10両編成です。ホームの中ほどでお待ちください」〕
しばらくすると、下り方向からHIDの真っ白いライトを点灯させた電車が接近してきた。
今しがた反対方向を通過していった貨物列車の機関車が付けていた、黄色掛かった旧式のヘッドライトとは明らかに色合いが違う。
〔「ご乗車ありがとうございました。おおみや〜、大宮です。車内にお忘れ物の無いよう、ご注意ください。6番線は高崎線の普通列車、上野行きです。次は、さいたま新都心に止まります」〕
夜の上り列車で、尚且つ大宮駅で降りる乗客は多かったこともあってか、稲生が乗った最後尾の車両は空いていた。
京浜東北線みたいな通勤電車と同じ内装の車両。
2人は硬めの座席に座った。
〔「この電車は高崎線上り、普通列車の上野行きです。さいたま新都心、浦和、赤羽、尾久、終点上野の順に止まります。信号が変わり次第、すぐの発車となります。ご乗車になりまして、お待ちください」〕
稲生:「?」
稲生は自分のスマホを出した。
そこで時計を見る。
すると時刻表ではもう発車して良い時間だというのに、発車ベルが鳴らなかった。
稲生は不審に思って乗降ドアからホームを見てみる。
すると、レピーターが点灯していない。
レピーターというのは車掌が確認する信号機のことで、運転士が確認する信号機と連動しているものだ。
地上信号機の場合は赤信号だと、レピーターも消灯している。
つまり、赤信号なので電車が発車できず、発車メロディを鳴らせないというわけだ。
稲生:(どういうことだ?この先の閉塞に、別の電車がいるなんてダイヤ上は無いはず……)
車掌が詰めている後部乗務員室でも、車掌が運転指令と何かやり取りをしている。
稲生:(まさか、信号機故障!?)
稲生の背中に冷やっとした物が走った。
だが、それは信号機故障ではなかった。
信号機はちゃんと正確に動いていたのである。
何故なら……。
稲生:「!?」
通過線である5番線(ホームは無い)を通過していく列車がいたからだ。
それは貨物列車でも、団体列車でも無かった。
……いや、広義で言えば団体列車になるのだろうが。
稲生:「うあっ!?」
稲生が驚きの顔と声を上げたのを、他の乗客達は不審に思った。
それは稲生とマリアにしか見えなかったからだ。
通過線を通過して行くのは、モハ80系だった。
くすんだ湘南色の塗装をし、薄暗い蛍光灯が灯った車内には蒼白い顔をした乗客達がボーッと座っている。
グリーン車も連結されていたが、そこに乗車している乗客はいない。
車両によっては苦悶に歪んだ顔をして、こちらを見ている乗客もいる。
ある程度、霊感のある乗客などは何となく気がついていたようだ。
但し、キョロキョロと辺りを見回している。
どうやら、電車の走る音は聞こえても、肝心の電車が見えないようだ。
向こうも10両編成だった。
1番後ろの乗務員室にいる車掌は、冥界鉄道公社の黒い制服を着ていて、蒼白い顔をこちら側に向けていた。
稲生:「冥鉄ですね」
マリア:「人間界の鉄道より優先させるとは……。こりゃ、そろそろ本気で叩いた方がいいかもしれないな」
マリアは魔道書をパタンと閉じた。
冥鉄電車が通過していったことで、やっと信号が開通したらしい。
〔「お待たせ致しました。上野行き、まもなく発車致します」〕
やっと発車メロディがホームに鳴り響く。
因みに大宮駅の中電ホームでは、発車メロディは駅員が鳴らすことになっている。
そして、駅員が客終合図を出す方式だ。
ジリリリリという客終合図の後、電車のドアがガチャンと閉まる。
E233系だとバン!と閉まるのに、その一世代前のE231系だとガチャンだ。
恐らく、ロックの仕方が違うのだろう。
〔この電車は高崎線、普通電車、上野行きです。【中略】次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
〔「この電車、大宮駅を約3分遅れで発車をしております。お急ぎのところ、電車遅れまして大変申し訳ありません。大宮駅におきまして、信号機確認を行っておりました影響で……」〕
実際は信号機のせいではなく、第一種鉄道事業者であるJR東日本の列車を押し退けて、第二種鉄道事業者である冥界鉄道公社の列車が先行したからである。
こんなことがあって良いものなのか。
稲生:「もしかして、乗客では分からない信号機故障とかポイント故障の原因って……」
マリア:「全部が全部そうではないだろうけど、冥鉄が絡んでる場合もあるってことさ。また1つ勉強になったな」
稲生:「勉強になったなって……。困りますよね」
マリア:「うん。でも、この世とあの世を結ぶ鉄道と、人間界と魔界を結ぶ唯一の交通手段でもあるから、どうしようも無い。殿様商売って言うのか?日本では……」
稲生:「殿様商売ねぇ……」
マリア:「ま、あまりヒドいようだったら、師匠に頼んでクレームでも入れてもらうさ」
稲生:「…………」
電車は眩いくらいに明るかった大宮駅を出発すると、暗い本線の上に出た。
当たり前ではあるが、あの冥鉄電車の姿はもう無かった。
もう冥鉄の亜空間トンネルに入ったのか、それともずっと先の区間を走っているのか……。
ホラー的な展開は学校に着いてからと想定していた稲生にとっては、正に先手を打たれた結果となった。