初出:2010年9月
サウジアラビアの秘かな動き(3)
「息子よ。よく考えてみろ。イランの核兵器開発は我々にとっても重大な脅威である。何よりもペルシャ人でシーア派の坊主共は米国やヨーロッパ諸国或いはイスラエルよりも我々にとってもっと身近な敵なのだ。」
「その敵をイスラエルがやっつけると言うのだ。イスラエルのやりたいようにやらせておけ。それで我々の頭痛の種が一つ減る訳だ。ユダヤ人とペルシャ人のいがみ合いで、我々アラブ人が労せずして漁夫の利を得られるという寸法だ。」
受話器から国防相の薄ら笑いが漏れてきた。小さい頃から聞き慣れたその薄ら笑いをトルキ王子は今でも好きになれない。父親は自分の今の年ごろには既に国防相になっていた。そして彼は権謀術策の限りを尽くして今日までその地位を守ってきた。そして彼は権力の階段を一段昇る毎に今日のような薄ら笑いを見せたのである。
対照的に息子のトルキは『銀のスプーンを口にくわえて』生まれ、快活で裏表のない性格に育った。彼の周りには常に友人達と笑い声が絶えなかった。彼が軍のエリートコースであるジェットパイロットの訓練生として米国に留学した時も、彼の竹を割ったような性格は米国人の上官や同僚達に好かれた。米国の軍人は陽気で快活で裏表のない人間が大好きなのである。
しかも彼らはエスタブリッシュメントと呼ばれる人物に秘かな憧れを持っており、「王子」などと言う米国には逆立ちしても探せないハイソサエティと仲間になれることがうれしいのである。王子は「同じ釜の飯を食った仲間」に加えられ、彼らとの付き合いは今も続いている。
父親に息子の気持など解かるはずもなく、国防相は話を続けた。
「ワシントンはイスラエルのもう一つの要請を伝えてきた。これから後はお前と部下達の仕事だ。」そう言って国防相は息子のトルキに何事かを指示した。司令官の顔がたちまち紅潮した。
「了解。父上。」
彼はそう言って携帯電話を切ると周囲に集まった部下達に命令した。
「鷹狩りは中止だ。直ちに基地に帰る。主だったものを私の部屋に集めろ。今から30分後に重要会議を開く。」
(続く)
荒葉一也