静岡市の瀬名地域のエコ市民グループの中心メンバーの朝倉由希世さんが31日朝亡くなり、今日、朝倉さんの葬儀が安西の大林寺でしめやかにとりおこなわれました。闘病のその姿は、ただただ感服するしかないような精神力でした。
彼女の信念は、身近な地域が変わらなくて、変えられなくて、社会が変わることはない、一人一人に働きかけて、一人一人が変わることを目指したい、その意味で住んでいた瀬名地区をこよなく愛していました。そしてその拠点は自分の家。
組織を作って声を広げるより、一人一人が動き出して、結果として組織的になるのであって、また、一人のリーダーの指示で動くような組織的な運動スタイルでは本当の意味で社会は変えられない、私はそう思う、それが彼女の口癖でした。
彼女と最後に会ったのは、県立総合病院の入院部屋。「まつやさん、あきらめちゃだめよ、あきらめなければ必ず次のチャンスが生まれるのよ、信じること、信じなければ希望は実現しないのよ」。握手した時の笑みは感動的でした。
今日の葬儀での友人代表の三浦さんの弔辞、聞いていて身が震えました。その生き方は、ある意味、戦後民主主義最良の市民の姿です。彼女に引っ張られての自分であり、彼女に支えられていた自分であったことを思い知らされました。
喪主であり、夫として語ってくれたご主人の言葉「もう少し二人三脚したかったが、彼女の人生は完全燃焼でした」。
朝倉さん、64年という人生はあまりにも短すぎます。あなたの生き様は、私たちの心に生き続けます。さようなら。
彼女の信念は、身近な地域が変わらなくて、変えられなくて、社会が変わることはない、一人一人に働きかけて、一人一人が変わることを目指したい、その意味で住んでいた瀬名地区をこよなく愛していました。そしてその拠点は自分の家。
組織を作って声を広げるより、一人一人が動き出して、結果として組織的になるのであって、また、一人のリーダーの指示で動くような組織的な運動スタイルでは本当の意味で社会は変えられない、私はそう思う、それが彼女の口癖でした。
彼女と最後に会ったのは、県立総合病院の入院部屋。「まつやさん、あきらめちゃだめよ、あきらめなければ必ず次のチャンスが生まれるのよ、信じること、信じなければ希望は実現しないのよ」。握手した時の笑みは感動的でした。
今日の葬儀での友人代表の三浦さんの弔辞、聞いていて身が震えました。その生き方は、ある意味、戦後民主主義最良の市民の姿です。彼女に引っ張られての自分であり、彼女に支えられていた自分であったことを思い知らされました。
喪主であり、夫として語ってくれたご主人の言葉「もう少し二人三脚したかったが、彼女の人生は完全燃焼でした」。
朝倉さん、64年という人生はあまりにも短すぎます。あなたの生き様は、私たちの心に生き続けます。さようなら。