巽好幸 「和食はなぜ美味しい ― 日本列島の贈りもの 」読了
日本列島の地形や地質がおいしい日本食を生み出したという内容の本だ。去年か一昨年、まったく同じような内容のテレビ番組をNHKで放送していて、この本が元になっており、番組の解説も著者がおこなっていたようだ。
この本に登場する地球物理学者は多分著者の分身なのであろうが、各地の名産品以外はくだらない食材だというような表現や、当然だが自分で獲ってくるわけでもなく、自分で調理をするわけでもないとこころが鼻持ちならなくて共感を得ないけれどもそれ以外はなかなか面白い内容だ。
いつもの通りで、テレビを見ても次の日にはその内容を忘れてしまっているのでまた新たな気持ちで読みたい。
しかし、大学の教授ともなると、こんなにグルメな生活が送れるのだなと思うとうらやましい。
まずは日本食の基礎になるだしの話からとなっている。日本食のだしというと昆布とかつおぶしだが、これにもわけがある。欧米では動物質の材料でスープを取るが、それは欧米の水質というのは硬水が多くて日本のそれは軟水が多いというところにあるという。
硬水はミネラルの成分が多いのだがそのなかのカルシウム分が動物の臭み成分である血液や脂と反応して取り除いてくれる。対して、ミネラルの少ない軟水が主な日本ではそれができないので臭みが残る。だから魚介類を使ってだしを取る。日本はもともと海産物が多い国だということもあるが、水質にも要因があるということだ。逆に、カルシウム分が多いと、昆布のアルギン酸と反応して表面に沈殿物ができ、水の吸収を妨げ、いいだしが取れないらしい。京都の水は超軟水らしく、京都が日本食のメッカになったというのもうなずけるとなる。
そして、その軟水を生むのが、急峻な日本の地形である。山から海まで一気に流れ落ちるので水がミネラル分を含有する時間がないので軟水になる。
その他、日本海のなりたちから富山のブリ、駿河湾の急峻な深海ではボタンエビなどが紹介されていた。しかし、やっぱり興味を引くのは瀬戸内海、それも淡路島、紀淡海峡辺りのなりたちに興味がある。
瀬戸内海と紀伊半島はこうして出来上がった。
紀伊半島、四国地方は1400万年前にここで起きた火山活動が収束し、地下に大きな花崗岩の塊が残ったことに始まる。花崗岩は地殻の中では軽い部類にはいるのでそれが浮き上がって隆起したという。それが陸地になった。岩が浮かび上がるということが想像ができない・・。この頃、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに陥入をはじめ、その地殻の温度が高かったことで巨大な火山ができたらしい。その隆起した部分ともとからあった本州(本州は大陸、今の朝鮮半島の北の方から大陸から引きはがされてできたそうだ。その間にできたのが日本海ということになる。)に囲まれたところが瀬戸内海になった。
ちなみに、紀伊半島にはその頃、大峰山・大台ヶ原と熊野の2か所に火山がありそれが巨大なカルデラを形成したそうだ。地下にあった花崗岩の塊が隆起し、その周辺に今でも温泉地が点在している。温泉は当時の余熱で温まっているので火山がないのに紀伊半島には温泉があるのだ。
そして、瀬戸内海は、淡路島、小豆島などの島しょ部とその間に大きな灘と呼ばれる海域が交互に存在しているのが特徴だ。
その理由は、フィリピン海プレートは西南日本(中国、四国、九州地方)を乗せたユーラシアプレートの下に潜り込んでいっている。この方向が少し西に振れているため、ユーラシアプレートの断層面である中央構造線と南海トラフとの間の部分(四国の下の部分)、これが小さなプレートなって、中央構造線の北の部分を押すことになり、その北側が隆起と沈降を繰り返す。隆起した部分が淡路島や小豆島、しまなみ海道で、沈降した部分が大阪湾、播磨灘、燧(ひうち)灘である。
淡路島は急流を生み美味しい真鯛が育まれ、浅いところではタコやアナゴが獲れるということになる。
紀伊半島の北の方から徳島県にかけて帯のように三波川帯と呼ばれる地帯がある。これが泥の海底を作る。ここにできる変成岩は縞模様があり崩れやすいという特徴を持つ。これが泥の素になって淡路島の南側では泥底の海域ができる。だから沼島の南の方ではそこで美味しいハモが取れるのだ。ハモは泥底に穴を掘って潜むからこういう土質がいいそうだ。和歌山市内で家の塀や庭石によく使われている青石はまさにこれだ。だから、三波川帯に属する僕たちの港がある紀ノ川河口一帯も同じく泥底だ。これは紀ノ川が運んでくる泥かと思っていたら、もともとの地質がそうであったというのを初めて知った。ハモやアナゴは少ないがコウイカはきっとこういうところで釣れるのだ。
確かに、友ヶ島の岩肌を見ているとものすごい力を受けたような褶曲の地層が見られ、僕の港の回りはだだっ広い泥底が広がっているからまったく違う地勢といっていい。そして友ヶ島の島の色と、双子島の島の色は明らかに異なる。
そしてその境目こそが中央構造線なのである。
友ヶ島付近の海底は想像以上の起伏がある複雑な地形をしているが、これもフィリピン海プレートのなせる業だと思うと地球の息吹がものすごく身近になる。
この本には紹介されてはいないものの、その境目に当たる加太の海があんなに魚がたくさんいるというのも納得だ。
僕がホームグラウンドとしている海域にはふたつの異なった特徴を持つ地質が存在していたのだ。
もっと釣りの腕がよければその違いを利用してもっとたくさんの種類の魚を釣ることができるのだろうが、そこはまあ、この本には関係ない・・。
そのほか、様々な陸地の動き方が様々な地形を生み、そこに様々な生物が生息しそれが多彩な食文化を生んだのだという。それのすべてはプレートテクトニクスという地殻の移動がもたらした結果だ。そのプレートの動きを地球規模で見てみると、日本がある一帯はたくさんの地殻の切れ目があり、いろいろな方向に沈み込んでいったり浮き上がって行ったりしているという地球上でもまれにみる複雑な場所だ。
しかし、タケノコやサツマイモがその生育に適した土壌がこういう地球の活動で生み出されたというのは確かにわかるけれども、海産物については一部を除いてどれほどの部分が地殻の変動によっているのかというのは疑問に思うところもある。ただ、瀬戸内の魚やウナギなどは確かにこの地形がなければ生育環境が整わなかったかもしれないし急峻な深海はプレートの移動がもたらしたものだとおもうとやっぱり著者のいうことには確かな根拠があるのかもしれないと思うのがこの本の内容だ。
日本列島の地形や地質がおいしい日本食を生み出したという内容の本だ。去年か一昨年、まったく同じような内容のテレビ番組をNHKで放送していて、この本が元になっており、番組の解説も著者がおこなっていたようだ。
この本に登場する地球物理学者は多分著者の分身なのであろうが、各地の名産品以外はくだらない食材だというような表現や、当然だが自分で獲ってくるわけでもなく、自分で調理をするわけでもないとこころが鼻持ちならなくて共感を得ないけれどもそれ以外はなかなか面白い内容だ。
いつもの通りで、テレビを見ても次の日にはその内容を忘れてしまっているのでまた新たな気持ちで読みたい。
しかし、大学の教授ともなると、こんなにグルメな生活が送れるのだなと思うとうらやましい。
まずは日本食の基礎になるだしの話からとなっている。日本食のだしというと昆布とかつおぶしだが、これにもわけがある。欧米では動物質の材料でスープを取るが、それは欧米の水質というのは硬水が多くて日本のそれは軟水が多いというところにあるという。
硬水はミネラルの成分が多いのだがそのなかのカルシウム分が動物の臭み成分である血液や脂と反応して取り除いてくれる。対して、ミネラルの少ない軟水が主な日本ではそれができないので臭みが残る。だから魚介類を使ってだしを取る。日本はもともと海産物が多い国だということもあるが、水質にも要因があるということだ。逆に、カルシウム分が多いと、昆布のアルギン酸と反応して表面に沈殿物ができ、水の吸収を妨げ、いいだしが取れないらしい。京都の水は超軟水らしく、京都が日本食のメッカになったというのもうなずけるとなる。
そして、その軟水を生むのが、急峻な日本の地形である。山から海まで一気に流れ落ちるので水がミネラル分を含有する時間がないので軟水になる。
その他、日本海のなりたちから富山のブリ、駿河湾の急峻な深海ではボタンエビなどが紹介されていた。しかし、やっぱり興味を引くのは瀬戸内海、それも淡路島、紀淡海峡辺りのなりたちに興味がある。
瀬戸内海と紀伊半島はこうして出来上がった。
紀伊半島、四国地方は1400万年前にここで起きた火山活動が収束し、地下に大きな花崗岩の塊が残ったことに始まる。花崗岩は地殻の中では軽い部類にはいるのでそれが浮き上がって隆起したという。それが陸地になった。岩が浮かび上がるということが想像ができない・・。この頃、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに陥入をはじめ、その地殻の温度が高かったことで巨大な火山ができたらしい。その隆起した部分ともとからあった本州(本州は大陸、今の朝鮮半島の北の方から大陸から引きはがされてできたそうだ。その間にできたのが日本海ということになる。)に囲まれたところが瀬戸内海になった。
ちなみに、紀伊半島にはその頃、大峰山・大台ヶ原と熊野の2か所に火山がありそれが巨大なカルデラを形成したそうだ。地下にあった花崗岩の塊が隆起し、その周辺に今でも温泉地が点在している。温泉は当時の余熱で温まっているので火山がないのに紀伊半島には温泉があるのだ。
そして、瀬戸内海は、淡路島、小豆島などの島しょ部とその間に大きな灘と呼ばれる海域が交互に存在しているのが特徴だ。
その理由は、フィリピン海プレートは西南日本(中国、四国、九州地方)を乗せたユーラシアプレートの下に潜り込んでいっている。この方向が少し西に振れているため、ユーラシアプレートの断層面である中央構造線と南海トラフとの間の部分(四国の下の部分)、これが小さなプレートなって、中央構造線の北の部分を押すことになり、その北側が隆起と沈降を繰り返す。隆起した部分が淡路島や小豆島、しまなみ海道で、沈降した部分が大阪湾、播磨灘、燧(ひうち)灘である。
淡路島は急流を生み美味しい真鯛が育まれ、浅いところではタコやアナゴが獲れるということになる。
紀伊半島の北の方から徳島県にかけて帯のように三波川帯と呼ばれる地帯がある。これが泥の海底を作る。ここにできる変成岩は縞模様があり崩れやすいという特徴を持つ。これが泥の素になって淡路島の南側では泥底の海域ができる。だから沼島の南の方ではそこで美味しいハモが取れるのだ。ハモは泥底に穴を掘って潜むからこういう土質がいいそうだ。和歌山市内で家の塀や庭石によく使われている青石はまさにこれだ。だから、三波川帯に属する僕たちの港がある紀ノ川河口一帯も同じく泥底だ。これは紀ノ川が運んでくる泥かと思っていたら、もともとの地質がそうであったというのを初めて知った。ハモやアナゴは少ないがコウイカはきっとこういうところで釣れるのだ。
確かに、友ヶ島の岩肌を見ているとものすごい力を受けたような褶曲の地層が見られ、僕の港の回りはだだっ広い泥底が広がっているからまったく違う地勢といっていい。そして友ヶ島の島の色と、双子島の島の色は明らかに異なる。
そしてその境目こそが中央構造線なのである。
友ヶ島付近の海底は想像以上の起伏がある複雑な地形をしているが、これもフィリピン海プレートのなせる業だと思うと地球の息吹がものすごく身近になる。
この本には紹介されてはいないものの、その境目に当たる加太の海があんなに魚がたくさんいるというのも納得だ。
僕がホームグラウンドとしている海域にはふたつの異なった特徴を持つ地質が存在していたのだ。
もっと釣りの腕がよければその違いを利用してもっとたくさんの種類の魚を釣ることができるのだろうが、そこはまあ、この本には関係ない・・。
そのほか、様々な陸地の動き方が様々な地形を生み、そこに様々な生物が生息しそれが多彩な食文化を生んだのだという。それのすべてはプレートテクトニクスという地殻の移動がもたらした結果だ。そのプレートの動きを地球規模で見てみると、日本がある一帯はたくさんの地殻の切れ目があり、いろいろな方向に沈み込んでいったり浮き上がって行ったりしているという地球上でもまれにみる複雑な場所だ。
しかし、タケノコやサツマイモがその生育に適した土壌がこういう地球の活動で生み出されたというのは確かにわかるけれども、海産物については一部を除いてどれほどの部分が地殻の変動によっているのかというのは疑問に思うところもある。ただ、瀬戸内の魚やウナギなどは確かにこの地形がなければ生育環境が整わなかったかもしれないし急峻な深海はプレートの移動がもたらしたものだとおもうとやっぱり著者のいうことには確かな根拠があるのかもしれないと思うのがこの本の内容だ。
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