高齢者住宅に住む老父のところへ行ってきた。
父は高齢者住宅の職員さんのすすめで毎日デイサービスに行くようになってから、とても元気になった。
デイサービスに行っていなかった時の父は、一日中自分の部屋のベッドで寝ていた。
そのためか父の筋力はみるみる落ちて自力での歩行が困難になり、また意識も朦朧とするようになって瞬く間に弱っていったのだが、デイサービスに行ってできるだけ起きているようにしてもらったところ、徐々に起きていられる時間が増えてきて、しだいに筋肉もついてきて、今では少しの距離であれば一人で歩いて移動することができるようになった。
私が行くと父はたまにデイサービスのベッドで寝ている時もあるが、しっかり目覚めている時の父は、目に力があって、つじつまの合うちゃんとした会話ができる。(急に話題が飛ぶことがあるが・・・)
職員さんも「お父さん、とても元気になりましたね」とおっしゃってくれる。
ただ、以前の寝たきりだった父に比べれば確かに元気になっているのだが、やはりレビー小体型認知症を患っていることや85歳という高齢もあって、若い人のようにすっかり完治して、ますます元気になるということはもはやない。
というか、すこしずつだが進行しているなと感じる。
レビー小体型の典型的な症状である幻覚をみることは薬で抑えられているせいか無くなったし、アルツハイマーに比べて日常生活における事を忘れてしまうということはないのだが、ときどき「あれっ、これは認知症のせいかな?」と思われるような父の行動を見ることがある。
それは食べるという行為だ。
甘いものが好きな父なので、父に会いに行くときはいつも父が好きなお菓子や飲み物を持って行くのだが、その食べ方がとにかくすさまじい。
まるで「飢えた子ども」のように一心不乱に食べる。
あっという間にひとつを食べ終えると、目はもう次のお菓子に行っており、二個、三個とお菓子を続けざまに食べていく。それもやはり一心不乱に食べる。
そばで見ていると、よくこんなに一度に甘いものばかり食べられるものだと思うくらい、ひたすら甘いものを要求し続ける。
途中でストップをかけなければいけなくなるほど食べ続けるのは、やはり認知症の影響だと思う。
実は今までは、父の部屋の冷蔵庫に持っていたデザート類や飲み物を入れていたのだが、職員さんによると夜中に父がそれらを全部食べてしまうため、職員さんに預かってもらって冷蔵庫内には甘いものを入れておかないようにした。
ところが冷蔵庫になにも無いことがわかると、父は自分で歩いて住宅内にある自販機にジュースを買いに行くのだそうだ。
すっかり夜型になっている父は、深夜に買いに出ようとするため、途中で転んでも誰にも気づかれない恐れがある。
そこで夜は一本だけ、冷蔵庫になにか甘いものを入れておいてもらうことにした。
とにかくそのように部屋の冷蔵庫に甘いものを置かなくなってから、父はますます私たち家族が持っていく甘いお土産を楽しみにするようになった。
ところで、父はなぜこのように甘いものに執着するのだろうと考えたとき、それは父の育った環境にあったのかもしれないと思う。
これは父の世代はみなさんがそうだったと思うが、戦中戦後は砂糖が貴重品の時代であり、甘いものなんてほとんど口に入ることはなかっただろう。
まして、父が育った家は非常に貧しかった。
日々の食べ物にも苦労していたくらいなので、甘いお菓子に飢えていたことは想像がつく。
ところで、私が子供たち(父にとっては孫)を連れて父の見舞いに行った時のことだった。
父が孫たちに「お前たちは、今はなんでも好きなお菓子を食べられるのだろう?」と聞いた。
うちの子どもたちが「うん」とうなずくと、父は「そうか、それはよかった。お母さん(私のこと)が小さかった頃は貧しかったから、お菓子なんてめったに買ってやれなかったんだよ」と言った。
その父の言葉を聞いて、私はそうだっただろうか?と自分の子供のころを思い出していた。
確かに私が子供のころは、今のようにいつでも豊富にお菓子が食べられる環境にはなかったが、それでもたまに母が作ってくれる甘い蒸しパンやドーナツを食べ、駄菓子だってときどき食べていた記憶がある。
父が思っているほど、私たちはお菓子が食べられなかったわけではなかったと思うのだが。
もしかしたら自分の幼かった頃と私たちが幼かった頃の記憶が混同しているのかもしれないし、お金があれば、もっとたくさん私たちに甘いものを食べさせてやりたかったという思いも父にはあるのかもしれない。
いろいろな思いが積み重なって、父のあのような食べ方になっているのかもしれないと思うと、がつがつと飢えた子のような食べ方もまた愛おしくなる。
というわけで、さて父にはどうやって甘いものを食べてもらおうかと思う。
ほんの少しでやめておくほうがいいのか、それとも、もう体を気にせずほどほどならば目をつぶって食べさせてもよいものだろうか・・・
父は高齢者住宅の職員さんのすすめで毎日デイサービスに行くようになってから、とても元気になった。
デイサービスに行っていなかった時の父は、一日中自分の部屋のベッドで寝ていた。
そのためか父の筋力はみるみる落ちて自力での歩行が困難になり、また意識も朦朧とするようになって瞬く間に弱っていったのだが、デイサービスに行ってできるだけ起きているようにしてもらったところ、徐々に起きていられる時間が増えてきて、しだいに筋肉もついてきて、今では少しの距離であれば一人で歩いて移動することができるようになった。
私が行くと父はたまにデイサービスのベッドで寝ている時もあるが、しっかり目覚めている時の父は、目に力があって、つじつまの合うちゃんとした会話ができる。(急に話題が飛ぶことがあるが・・・)
職員さんも「お父さん、とても元気になりましたね」とおっしゃってくれる。
ただ、以前の寝たきりだった父に比べれば確かに元気になっているのだが、やはりレビー小体型認知症を患っていることや85歳という高齢もあって、若い人のようにすっかり完治して、ますます元気になるということはもはやない。
というか、すこしずつだが進行しているなと感じる。
レビー小体型の典型的な症状である幻覚をみることは薬で抑えられているせいか無くなったし、アルツハイマーに比べて日常生活における事を忘れてしまうということはないのだが、ときどき「あれっ、これは認知症のせいかな?」と思われるような父の行動を見ることがある。
それは食べるという行為だ。
甘いものが好きな父なので、父に会いに行くときはいつも父が好きなお菓子や飲み物を持って行くのだが、その食べ方がとにかくすさまじい。
まるで「飢えた子ども」のように一心不乱に食べる。
あっという間にひとつを食べ終えると、目はもう次のお菓子に行っており、二個、三個とお菓子を続けざまに食べていく。それもやはり一心不乱に食べる。
そばで見ていると、よくこんなに一度に甘いものばかり食べられるものだと思うくらい、ひたすら甘いものを要求し続ける。
途中でストップをかけなければいけなくなるほど食べ続けるのは、やはり認知症の影響だと思う。
実は今までは、父の部屋の冷蔵庫に持っていたデザート類や飲み物を入れていたのだが、職員さんによると夜中に父がそれらを全部食べてしまうため、職員さんに預かってもらって冷蔵庫内には甘いものを入れておかないようにした。
ところが冷蔵庫になにも無いことがわかると、父は自分で歩いて住宅内にある自販機にジュースを買いに行くのだそうだ。
すっかり夜型になっている父は、深夜に買いに出ようとするため、途中で転んでも誰にも気づかれない恐れがある。
そこで夜は一本だけ、冷蔵庫になにか甘いものを入れておいてもらうことにした。
とにかくそのように部屋の冷蔵庫に甘いものを置かなくなってから、父はますます私たち家族が持っていく甘いお土産を楽しみにするようになった。
ところで、父はなぜこのように甘いものに執着するのだろうと考えたとき、それは父の育った環境にあったのかもしれないと思う。
これは父の世代はみなさんがそうだったと思うが、戦中戦後は砂糖が貴重品の時代であり、甘いものなんてほとんど口に入ることはなかっただろう。
まして、父が育った家は非常に貧しかった。
日々の食べ物にも苦労していたくらいなので、甘いお菓子に飢えていたことは想像がつく。
ところで、私が子供たち(父にとっては孫)を連れて父の見舞いに行った時のことだった。
父が孫たちに「お前たちは、今はなんでも好きなお菓子を食べられるのだろう?」と聞いた。
うちの子どもたちが「うん」とうなずくと、父は「そうか、それはよかった。お母さん(私のこと)が小さかった頃は貧しかったから、お菓子なんてめったに買ってやれなかったんだよ」と言った。
その父の言葉を聞いて、私はそうだっただろうか?と自分の子供のころを思い出していた。
確かに私が子供のころは、今のようにいつでも豊富にお菓子が食べられる環境にはなかったが、それでもたまに母が作ってくれる甘い蒸しパンやドーナツを食べ、駄菓子だってときどき食べていた記憶がある。
父が思っているほど、私たちはお菓子が食べられなかったわけではなかったと思うのだが。
もしかしたら自分の幼かった頃と私たちが幼かった頃の記憶が混同しているのかもしれないし、お金があれば、もっとたくさん私たちに甘いものを食べさせてやりたかったという思いも父にはあるのかもしれない。
いろいろな思いが積み重なって、父のあのような食べ方になっているのかもしれないと思うと、がつがつと飢えた子のような食べ方もまた愛おしくなる。
というわけで、さて父にはどうやって甘いものを食べてもらおうかと思う。
ほんの少しでやめておくほうがいいのか、それとも、もう体を気にせずほどほどならば目をつぶって食べさせてもよいものだろうか・・・