昼食のあとに、病友がたから届いた手紙をまとめて読ませていただく。
今日から明日にかけて、パパ一家はママの実家にお泊まりで、留守。
福岡のぎんしろう一家は、お誘いを受けて、博多どんたくの花自動車に乗せてもらうことになった…と、先般訪ねた折にとうさんが喜んでいたっけ。
なので今年、5月の帰省は無し。
実際、帰省の費用はバカにならないし、会いたきゃこちらから行けばいいことだし、ね。
ゆっくり、数十通の手紙を読み進み、見覚えのある1通に目を通して、声を失った。
「主人が4月14日、桜の花とともに逝きました」と、書かれてあった。
今を去る28年前、高卒・職歴なし、やる気ばかりを振り回す私を、サンケイリビング新聞嘱託(編成局チーフ)に採用してくださった、そして、大きな仕事を次々に与えてくださった、人生の恩師にして職場の師。
丸山安彦・サンケイリビング新聞社専務。 この方が居てくださらなかったら、新聞記者の私は誕生しなかっただろうし、金つなぎの会も有り得なかったろう。
なにより、今の私は無い。
奈良・学園前の丸山邸に急ぎ駆けつける、さくらであります。
今日から明日にかけて、パパ一家はママの実家にお泊まりで、留守。
福岡のぎんしろう一家は、お誘いを受けて、博多どんたくの花自動車に乗せてもらうことになった…と、先般訪ねた折にとうさんが喜んでいたっけ。
なので今年、5月の帰省は無し。
実際、帰省の費用はバカにならないし、会いたきゃこちらから行けばいいことだし、ね。
ゆっくり、数十通の手紙を読み進み、見覚えのある1通に目を通して、声を失った。
「主人が4月14日、桜の花とともに逝きました」と、書かれてあった。
今を去る28年前、高卒・職歴なし、やる気ばかりを振り回す私を、サンケイリビング新聞嘱託(編成局チーフ)に採用してくださった、そして、大きな仕事を次々に与えてくださった、人生の恩師にして職場の師。
丸山安彦・サンケイリビング新聞社専務。 この方が居てくださらなかったら、新聞記者の私は誕生しなかっただろうし、金つなぎの会も有り得なかったろう。
なにより、今の私は無い。
奈良・学園前の丸山邸に急ぎ駆けつける、さくらであります。
ほんまですか。
思い出すことが多くて…、SL誕生の主役のひとりでしたな。 謹んで合掌。
奥様から連絡があり、専務のご逝去を知りました。
さっそく、奈良のご自宅に伺い、温顔を偲びせつなくも思い出話をさせていただき帰りました。
深いため息が、今も絶えません。
嗚呼、無情!
嗚呼、無常!