友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

みんなが発言することの大切さ

2022年08月25日 17時07分39秒 | Weblog

 どんよりと雲が被っていて、部屋の中に居ても息をするのが億劫なくほど蒸し暑い。やっぱりエアコンを入れないと居られない。また、自民党の元幹事長の二階さんが本音を吐露している。

 「電報を打ってくれって言われりゃ打つんですよ。『応援してやろう』と言ってくれたら『よろしくお願いします』って言うのは、もうこれは合言葉ですよ。モノ買いに来てくれたら『毎度ありがとうございます』って商売人が言うのと同じ」と。

 安部元首相の国葬にかなりの反対の声があることについて、「反対があったからといって国葬をやめるわけではない。国葬は当たり前だ。やらなかったらばかだ」と言い切る。半数近い国民の意思を「ばか」と切り捨てる政治家を、地元の有権者はどういう気持ちで国会に送り出しているのだろう。

 60年安保闘争の時、たくさんの人々が国会前に押し寄せ「安保反対」を叫んだ。ベトナム戦争の時も、ベ平連のような市民団体の呼びかけに多くの市民が集まりデモをした。それでも国会議員の選挙では自民党候補が当選し続けた。

 選挙は人手と金が要る。応援してくれる人がいなくては当選できない。二階さんが言うように、「応援してくれる人たちを、この人は良い、この人は悪いと、瞬時にわかるわけがない」のも確かだ。候補者が何を考え何を主張しているか鮮明にしなければ、応援の見返りを求める人たちがやってくる。

 公明党の山口代表が「社会的な問題やトラブルを抱える宗教団体との関係は慎重に対処すべき」と言っていたが、創価学会が信者を伸ばしていた頃、「仏壇を壊せ」と家族で揉めていた。何を信仰するかは、個人の自由である。宗教団体の中での議論が重要なのだ。

 『WiLL』に寄稿している有本香氏は「いまの日本に必要なことを標語にするなら、『富国強兵・殖産興業』。きれいごとでは誰一人救うことは出来ません」と言う。戦前の日本に憧れる人がいることに愕然とする。戦争の無い「きれいごと」に向かって、みんなが発言することの大切さがわかっていない。


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