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大吉と二人でいる奥の部屋で、燭台の灯はとぼっているが、大吉の口の巻たばこの火が、吸うたびに赤くなって見えるほどの暗さ、その暗い部屋の欄間のところに、新田義貞のかぶとの絵がかかっているはずだったが、いまは暗くて、ひとつもそれが見えなかった。
[ken]明治時代はもとより、田舎の照明は蛍光灯の普及まで、さほど明るくはありませんでした。その様子が、お兄さんの巻たばこの火によって、とてもよく理解できます。そういえば、私の亡き父は晩年に多くの武者絵を描き、親戚や知人に差し上げていました。
わが家にもいくつか残っています。父が子どもの頃、近所に日本画家が暮らしており、その絵師にあこがれた父は画家になりたいと考えた時期もあったようです。しかし、日本の軍国主義が色濃くなった時節柄、志願して軍人となりました。1945年、朝鮮半島で終戦を迎え、一時はシベリア送りになるところを逃げ延び、釜山から福岡県に上陸し、帰国してからは老年まで農畜産業(葉たばこ・牛の肥育を含む)に携わっていました。
引退してから、老人学校で墨絵を習いたくさんの絵を残しました。墨絵やゲートボールで日々を過ごし、89歳まで長生きしてくれました。ゴールデンバット~ハイライト~マイルドセブンを愛し、まさにチェーンスモーカーでしたが、75歳の頃、ピタリとたばこを止めました。(つづく)