世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ネオの恋⑨

2018-01-21 04:12:36 | 風紋


「おもしろいことを考え付いたんだ、聞いてくれよ!」
エルヅはアシメックを見ると、物を言うのももどかし気に、言った。

「おれ、この宝蔵の大きさを数えられること、見つけたんだ!」
「大きさ?」
「うん、ここはね、長い方向に歩くと、俺の足で30歩あるのさ。それで、短い方にいくと、21歩なんだ。つまり、それだけ歩ける大きさが、ここにあるってことなのさ」

アシメックはきょとんとした。最初、エルヅが何を言ってるかわからなかったのだ。

「つまりは、大きさを数えられるってことなんだ。これ、何かにできないかな。おもしろいことやってみたい」

「ほう、それはいいな」

アシメックはまだよくわからなかったが、エルヅの目が輝いているので、相槌を打った。

「大きさか」
「うん、場所の大きさだよ。なんでも、歩く幅で数えられるんだ。おれ、ほかんとこも数えてみたい」
「ああ、いい、やってみろ。宝蔵の番を怠りさえしなければ、時々ほかの場所を数えてもいい」
「よし、じゃあ、広場を数えてみるよ!」

アシメックは楽しそうなエルヅの顔を見て笑った。こういう、ちょっとおかしなことを考えるやつなのだ。だがそれを馬鹿にできないこともアシメックは知っていた。エルヅが何気なくやっていることが、よくみんなの助けになるからだ。

宝蔵を出てから、ナイフの数を聞くことを忘れたことを思い出したが、もうアシメックは宝蔵に戻らなかった。そのまま家に帰り、コルを昼寝させているソミナの顔を見た。

かわいいコルの寝顔を幸せそうに見ているソミナの、横顔を見ながら、アシメックは音をたてないように、自分の場所に座った。

みな、幸せそうだ。これがずっと続いてくれればいい。そのために、おれは何でもしていこう。

アシメックも幸せそうだった。今の彼の心を暗くさせるのは、オラブのことだけだった。





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ネオの恋⑧

2018-01-20 04:13:04 | 風紋


「おれ、釣りがもっと上手にできるようになったら、狩人組に入れてもらおうと思うんだ」
「へえ、いいじゃない」
「鹿いっぱいとってくるんだ。狩人組に入れば、みんながいろんなこと教えてくれる」
「すてきね」
「ずっと、モラはおれといるよね。そしたらおれ、モラにとった鹿の、一番いい肉やるよ」
「いいわね、それ」

ネオは明るい目をして、モラに自分の夢をみんな話した。モラはみんな聞いてくれた。ぜんぶ、いいことだって言ってくれた。ネオを見るモラの黒い目は、どこかハシバミの色を含んで、とてもきれいだった。笑ってくれると、ネオは何だか自分がすごくいいものになった気がした。

子供ができるまで、釣った魚をずっと持って来よう。

ネオはモラと別れて、村を走りながら、熱い心でそう思った。そんなネオが通り過ぎていくのを、アシメックが見た。

空を飛ぶ鳥は、いつも明日の方に飛んでいく。アシメックは若い奴を見ると、いつもそんなことを思う。走っていくネオは実に幸せそうだった。アシメックは笑った。オラブのことがひっかかっていたが、村の日々が平和に過ぎていくのは、族長にとってはいいことだった。

もうそろそろコクリがまた咲く。エルヅのところにいって、ナイフのことでもきいてこよう。そう思って、アシメックが宝蔵を訪ねると、エルヅは宝蔵の中で何かしきりにうなっていた。

「どうした、エルヅ、なにしてるんだ?」
「ああ、アシメック!」

エルヅは目を輝かせてアシメックを振り向いた。





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ネオの恋⑦

2018-01-19 04:12:47 | 風紋


「調子はどうだい?」

ネオはモラのお腹のあたりを見ながら行った。まだ見た限り、目立つほど膨らんでいない。
「うん、今のところ順調よ。生まれるのは次の春だって」
「生むのって、痛いんだろ?」
「うん、そうみたい」

ネオは息をのみこんだ。そして目を曇らせながら、言った。
「なんか、ごめんな」
「何言ってるの」
モラはおかしそうに笑った。

「きっと大丈夫よ。あたし、去年はクストと組んだの。そのときも子供ができたんだけど、三月で流れちゃった。すごくお腹が痛かった。でも何でもなかったよ」

それを聞くと、ネオは黙り込んだ。さっと目が暗くなり、唇を固く結んだ。そしてしばらくすると、声を強くして、言った。

「おれ、モラがほかの男と組むの、いやだ」

モラは驚いた。ネオは続けた。

「今度も、おれと組んでよ」
「いいけど。どうしたの」
「その次も、おれと組んでよ」
「ネオったら」

このころの風習では、合意であれば男も女も好きな相手と交渉していいことになっていたが、時に特定の相手にこだわる者もいた。どうしてもその男、その女でなければ嫌だという者もいたのだ。ネオはそれであるらしかった。モラはびっくりしたが、そういうことを男に言われたら、断ってもいけないことは、母親から習っていた。

だから、あまりよく考えず、すぐに笑って、「別にいいよ」と言った。

「来年もその次も、ネオと組むわ」
「ほんと? ずっと?」
「うん、ずっと」

モラが笑ってくれたので、ネオは内心飛び上がるほど喜んだ。持っている茅袋が震えるほどだった。




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ネオの恋⑥

2018-01-18 04:12:40 | 風紋


「手首をきかせて一気にあげるんだ。大きいぞ」

言われたとおりにしてみた。するとほどなく、銀色の魚が水面に見えてきた。ネオは目を見開いた。

絶対、おれ、これやる! ネオは心の中で叫んだ。絶対絶対、うまくなって、すごい釣りができるようになる!!

銀色の魚を手にとりながら、ネオの心は明るい喜びに満ちていた。

その日、ネオは五匹の魚を釣った。サリクにお礼を言うと、ネオは魚を持って、走ってモラの家に向かった。自分の釣った魚を、一番にモラに見せたかったのだ。

モラはまだ十五だから、母親の家に一緒に住んでいる。ネオが一目散でその家を目指して走っていくと、モラは外で土器の壺の中を覗いていた。ネオはその姿を見るなり叫ぶように言った。

「モラ、おれ魚釣ったよ!」
その声を聞いて、モラは驚いて振り向いた。息を切らせて走ってきたネオが、飛び込むように近くに寄ってきた。手には銀色の魚を持っている。

「ああネオ、きれいな魚ね」
「うん、サリクに釣り教えてもらったんだ。五匹も釣れてさ、みんな食えないから、二匹君にやるよ」
「くれるの?」
「うん!!」

ネオは持っていた茅袋の中を覗き、その中から一番大きな魚を取り出して、モラに差し出した。
「ほら、これ食べると、腹の子がよく育つんだって!」
「うん、知ってるわ、ありがとネオ」
言いながら、モラは笑って魚を受け取った。子供を孕むと、その父親が何かをくれるということは、よくあることだったからだ。




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ネオの恋⑤

2018-01-17 04:12:40 | 風紋


次の日はもちろん、ネオは朝早くからサリクの家に押しかけた。そしてサリクをせかすようにして、オロソ沼に出掛けた。サリクはそんなネオをかわいいと思いつつ、ネオの後について行った。

「いい場所があるんだ。沼の岸には危ないところがあるから足元に気をつけろ。だいたい釣りをするときは、ここから釣るんだよ」
サリクはオロソ沼の岸で、大きな岩が沼に突き出しているところにネオを連れて行った。

「ここから? 稲が茂っててあまり水が見えないけど」
「こういうとこに、魚が隠れてるんだよ。いいか、見てろよ」
サリクは岩の上に座ると、手早く釣り針に蛙の足を引っかけ、それを沼に落とし込んだ。
「こうやって、魚がかかるまで待つんだ。何、それほど時間はかからない。ここは穴場なんだよ。絶対かかる」

サリクの言うとおりだった。魚は案外簡単にかかった。釣竿はすぐにしなり、手ごたえを感じたサリクは一気に魚を引き上げた。

銀色の大きな魚が水から出てきたのを見て、ネオは歓声をあげた。

「ほんとだ。すごいや」
「ようし、こんどはおまえがやってみろ」

サリクは立ち上がり、ネオを岩の上に座らせた。ネオは見様見真似で針に蛙の足を差し、それを水に落とし込んだ。しばらく待った。

空の上で太陽が移動していくのが、水面に映っていた。ネオは息を凝らして、釣り糸を見ていた。

しばらくして、ぐんと、手ごたえがあった。
「それいまだ!」
ネオはうわあと言いつつ、反射的に竿を引き上げた。魚は案外強かった。一、二度、竿をとられそうになったところを、後ろからサリクが支えてくれた。




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ネオの恋④

2018-01-16 04:13:00 | 風紋


ケセン川では罠の漁が主流だったが、オロソ沼では釣竿を使っての釣りがよくやられていた。沼には蛙のほかにも、いい魚が泳いでいたのだ。銀色で肉厚の太った魚だ。少し泥臭いが、香草と一緒に煮て食べればうまい。子供を孕んでいる女が食べるといいとも言われていた。

サリクは自分の釣竿を出し、その手入れを始めた。釣竿は三本あった。ネオには小さいのを貸すことにした。

「釣竿の作り方も覚えなきゃいけないけどな。まずは釣りの仕方を覚えよう。茅糸は丈夫なのを選ぶんだ。見分け方も教えてやる」

ネオはサリクの話を熱心に聞いた。釣竿に糸を結ぶときの結び方も、今まで見たこともない結び方だった。それを覚えるのに、何回も練習した。

「よし、いけるぞ。これくらい頑丈に結べたらいける。で、こいつが釣り針な。魚の骨で作ってあるんだ。ジタカがこれを作っているんだよ。こいつを、さっきと同じ方法で、糸の片方に結び付ける。本番はこの針に、餌をつけるんだ」
「餌って何?」
「川の方に虫がいるから、それをつかまえて使うんだ。だが、蛙の足でもいい。おれはよく蛙を食うから、干した足を持ってる。それを使おう」

ネオはサリクに張り付くようにして、釣竿の手入れを習った。目が輝いていた。仕事を覚えるのがすごく楽しいのだ。

「よし、釣竿の準備はできたから、明日オロソ沼に行ってみよう。いいのが釣れたら、モラにやったらいい。腹の子供がよく育つ」
「うん!」




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ネオの恋③

2018-01-15 04:12:45 | 風紋


ネオが暗い顔をしていうので、サリクは少し興味を持って、「どうした?」と聞いてみた。するとまたネオは深いため息をついて、言った。

「モラに子供ができたんだ」

するとサリクは、おいおい、と言った。

「もう子供作ったのか。早いな。おれは十八のときでやっとだったぞ」

言いながら、サリクは自分の子供ができたときのことを思いだした。あのときはたしかキトナだったな。生まれたのは女の子だったけど。あれっきりあんまりかかわってないから、子供の名前も今はっきり思い出せない。

「そういえばおれも、女に子供ができたってわかったときは、焦ったな」

サリクは昔を思い出しながら言った。ネオは顔をあげてサリクを見た。

「なんだか、女が急に偉くなった気がしてさ。あのときくらいから、焦って狩人組で働き始めた」

「うん、それ。おれも」

ネオはサリクが自分の気持ちをそのまま言ってくれたので、飛びつくように言った。その目を見返しながら、サリクは面白そうに言った。

「なんかやってみたいのか」
「うん」
「そうだな。じゃあ、釣りでもしてみるか。釣りはまだ覚えてないだろう」
「うん! 教えてくれよ」




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ネオの恋②

2018-01-14 04:12:52 | 風紋


村には平和な日々が過ぎていった。印象的なことと言えば、続けて弔いが二件あったことだけだ。年よりの男が二人死んだのだ。別に病気にかかっていたわけではなく、朝になるといつの間にか冷たくなっていた。そういう死に方はよくあった。

「魂がアルカラを思い出したんだろう」とミコルはいい、弔いを導いた。みな遺体を丁寧に茅布で包み、穴を掘って埋めてやった。花を供え、涙で別れを惜しんだ。だが悲しみはすぐに薄れていく。去年死んだハルトのことなどは、もうみんなすっかり忘れていた。

新しく生まれてきた子供の名前を覚えることのほうが、忙しかった。エマナの子のアシムも順調に育っていった。新しくアシメックの家に入ったコルも、ソミナになつき、愛くるしい笑顔を見せるようになっていた。

ネオにも変化が訪れていた。彼はある日サリクの家を訪ね、サリクが弓の手入れをしているところを見ながら、ぽつりと言った。

「狩人組に入るには、どうしたらいいの?」

するとサリクは笑いながら言った。
「まだ早いぞ。おまえまだ十二だろう。十七くらいにならないと、シュコックに見てもらえないよ」

「サリクはいつ狩人組に入ったの?」
「十六の時だ。おれは早かったんだよ。そんときの狩人組の頭はシュコックじゃなかったけど」
「どうやって入れたの?」
「うん? おれは体が大きめだったから、やってみないかと言われたんだ。それから弓の作り方習って、いろいろみんなに教えてもらった」

それを聞くと、ネオはため息をついた。
「いろいろ習わなくっちゃ、狩人なんてやれないよな」




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ネオの恋①

2018-01-13 04:13:38 | 風紋


夏は過ぎ、もうすぐまたコクリの花が咲くという頃になると、エルヅはまた鉄のナイフを数え始めた。

数えるのは好きだ。毎日何かを数えてばかりいる。数を規則に沿って積み上げていき、位が繰り上がるときが、すごくいいのだ。

「ティンダカルサムイタ(百五十二)だ」

数え終わるとエルヅはため息をついた。楽しい。すごく楽しい。もっといろんなものを数えたい。数えるだけでは足りない。もっと何か、これで面白いことができないだろうか。

エルヅは宝蔵の中を見回し、他に何か数えるものがないかと探した。土器の数はもうとっくに数え終わっていた。今年とれた鹿皮の数も、新しくできた魚骨ビーズの首飾りの数も覚えている。エルヅは記憶もいいのだ。宝蔵においてあるものの数はみんな覚えていた。

カシワナ族には豊かな宝がある。みんな働き者だからだ。働けば働くほど、いい宝ができて、みな幸せになれると、カシワナカの神は教えている。エルヅの仕事は数を数えることだ。エルヅは数えたかった。何かもっと違うものを数えたい。もっとおもしろいものを。なにかいいことを思いつかないだろうか。

エルヅは考えた。星の数なんか数えたことはあるけど、あれは三百四十三であきらめたっけ。アルカ山の木の数を数えようとしたこともあったけど。なんかもっとおもしろいことができないかな。

宝蔵の管理は楽しい。エルヅは自分の仕事に満足していた。ここにひとりいるだけでも楽しかった。そんなエルヅのおかげで、宝蔵はいつもきれいに整っていた。




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イメージ・ギャラリー⑬

2018-01-12 04:12:37 | 風紋


Lucy M. Lewis

土器づくりは文明の基礎です。
ものを蓄えられる器があるからこそ、採集文化も農耕文化もあるのです。
これはネイティブアメリカンの陶工の作らしい。
アシメックの時代の土器はもっと簡単でしたが、その流れは汲んでいます。




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