◇『服用禁止』(原題:Not To Be Taken)
著者:アントニー・バークリー(Anthony Berkely)
訳者:白須 清美
2014.4 原書房 刊
作品の舞台はイギリス。20世紀初頭と思しきロンドン郊外の田舎町での出来事。
親しく付き合っていた仲間の一人が死んだ。
事故死か、自殺か、はたまた殺人か。
検視審問が進む中で次第に被害者と関係者の意外な素顔が明らかになっていく。
緻密な会話の詳細まで綴り登場人物の人となりや癖などを告げる。これも重要
な布石となっていく。
風格漂う本格推理小説という惹句に間違いはない。
物語る主人公(わたし)は果樹園経営者ダグラス・シーウェル。そしてその妻
フランシス。実業家ジョン・ウォーターハウスとその妻アンジェラ。外科医師グ
レン・ブルームとその妹ローナ。村の情報通ハロルド・チームの7人は、折りに
ふれてはドーセット州の田舎町であるアニーペニーのジョンの大邸宅に集まって
食事をしたり語り合う仲間である。
そんなある日ジョンが急に具合悪くなり、5日ほど床に臥せっていた後心臓発
作で亡くなった。死因はグレンの見立てでは伝染性下痢によるものであったが、
葬儀の前にシリルというジョンの弟が現れて、死因に疑いありと遺体解剖を主張
したことによって事態は一気に混迷する。
解剖の結果ジョンの遺体に砒素成分が発見された。検死法廷が開かれる。
審問の過程で、フランシスを受取人とする多額の保険契約の存在が明らかにな
り、またジョンの資産状況が見かけほど裕福でなかったり、遺言書の書き換えが
予定されていたという新事実が現れたり、アンジェラには愛人がいたことが表面
化したりして、ことはどんどんややこしくなっていく。
検死審問ではジョンの秘書、女中などジョンの身辺にいた人物の証人喚問も行
なわれた。一向に有力な線は出てこないさなか、ジョン自筆の告白状が法廷に届
く。間違ってジョン本人が砒素を飲んでしまったというのだ。検視審問は中断し
警察が告白状の裏付けをとるもすべて文面内容と合致し、事案は事故死として確
定する。
ここで終わっては本格推理にはならない。「わたし」が事件の真相を推理し、
犯人に確認を迫る。その推理ではジョンと交友があった人物像が重要なカギにな
る。
読者は作品を真剣に読んでいたかどうかを作者に問われることになる。
黄金時代の英国の紳士淑女の暮らしが目の前に浮かんで楽しい。
(以上この項終わり)