読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

霧村悠康の『特効薬』

2020年04月09日 | 読書

◇『特効薬』 

    著者: 霧村 悠康     2008.7   二見書房 刊 (二見文庫)



 薬九層倍と言われるものの、抗癌剤のように待ち望まれている特効薬のために製薬会社は
何百億円という巨額の研究開発費をつぎ込んで新薬開発を進めている。開発費は次々と多
様な薬が出てくるので創業者利益が見込めるうちに回収しなければならない。
 また新薬を世に出すには当然治験と称する人的実験が欠かせない。
 この小説は抗癌剤の開発に絡む利権、製薬業界と治験で協力する大学病院と医師の間で
起きる醜い駆け引き、薬剤副作用の隠ぺい、医師、医学者としての倫理観の問題などがテー
マとなっている。

  著者は大学医学部卒業で専門知識を有する。従って小説としての構成はとりたてて複雑な
ものではないものの、展開する医療事案の内容はリアルで説得力がある。
 主人公の一人倉石祥子(大学病院内科呼吸器部門の医師)は、製薬会社天下製薬が開発
中のMP98という癌特効薬新薬を治験中の患者が、全身出血により死亡する症例をいくつか
発見し、先輩教授らと医学的証拠をつかみ新薬認可を食い止めようとするが、厚生労働省薬
剤医務管理局は製薬会社と結託し倉石らの指弾をうやむやにしようとする。

 実はこのMP98という新薬の開発前にレクスランという画期的な特効薬が先行開発されてい
たが、天下製薬はレクスラン化合物の化学構造式に数か所変更を加えただけでレクスランの
効用を上
回りかつ副作用もほとんどない(レクスランには間質性肺炎移行という副作用が知ら
れている)という新薬にいち早くたどり着いたのである。
 ところが同社創薬研究所で動物実験中にマウスが一斉に出血死した。どうやらPM98投与が
一定量を超えると血小板が消失し出血死するとしか考えられない。
 PM98はすでに有効性確認の3相試験に入っている。これで特別の問題が
なければ認可申
請できる段階に至っており、ここで致命的な副作用が明らかになれば重大問題である。
 会社の研究開発担当の有田常務(厚労省天下り役員)はこの事実を隠ぺいするよう研究所
長小林に指示する。

 一方新薬開発で後れを取った製薬大手、カストラワールド製薬日本支社と日本藤武製薬は
天下製薬の
支配権を握ることによって新薬開発リスクを回避しようと、それぞれ密かに株式市
場で株式取得に走っていた。

 そんな中、天下製薬の創薬研究所の研究員杉下と所長の小林が立て続けに殺され警察の
捜査が入る。
 新薬がらみの事件とみた服部・岩谷の二人の刑事は研究開発担当有田常務の張り込みを
続け、薬剤管理業務課長の関本と治験世界のドン、K大医学部山辺教授が密かに会ってい
ることを突き止める。

 倉石医師、O大学佐治川教授、赤川教授らによる「重大副作用の疑いがあり」という申し立て
は審査会で無視されPM98は
サラバストンという新薬として世に出ることになった。
 結局新薬は効き目もすごかったが次々と副作用による死が続き、天下製薬株は大暴落した。
 関本、山辺、有田は薬事法違反等で逮捕収監されたが、連続殺人の犯人は依然として不明。
関本、山辺は肺癌と直腸癌で死んだ。有田は獄につながれた。
 有田は刑を終えて,秘かに預金していた不正な金を引き出そうとしたところ、誰かに横取りさ
れていた。天網恢恢疎にして漏らさずである。

  この作品の主役は作者の秘蔵っ子、美人医師の倉石祥子であるが、今回は医学部出身と
いう珍しい出自の刑事岩田乱風が登場し、二人のロマンスが柔らかい彩りを添えている。
                                              
                                            (以上この項終わり)

 

 


 


 

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