読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

藤原伊織の『シリウスの道』

2020年08月14日 | 読書

◇ 『シリウスの道

       著者:藤原 伊織  2005.5 文芸春秋社 刊  

  

 サラリーマン・ハードボイルド。広告業界というあまり内部情報がない世界を
知りうる絶好の小説。生々しい実態が迫る。著者が一度は身を置いたその道の巨
象の実像が背景にあるからだろう。
   
 この小説には楽しみ方が二つある。一つは広告業界の仕事ぶりを知ること。大
手広告代理店同士の競合受注競争。社内部局間の協力と競争、弱肉強食の熾烈な
駆け引きが見せ場である。いま一つは主人公の少年時代に影を落とす記憶が亡霊
のように起き上がり脅迫事件として暗い影を落とす。この多重奏曲を藤原伊織流
ハードボイルドが快調に奏でる。

 大手広告代理店東邦広告有力顧客の大東電機から1件18億の競合発注があった。
競合他社は5社。の営業部署に入った戸塚と平野の二人の新人。この大型競合受注
競争を機に短期間で営業のプロとして鍛える京橋営業局部副部長の辰村祐介が主
人公である。女性上司の立花部長とは気になる関係。他部署幹部、役員との間で
妬み、恨みつらみの攻撃・反撃がたたかわれる。
 
  一般的組織論を超えた論理が支配する同社独特の職制、職階制のほかに、企業
内分社に加えて職能分化した独立独歩の世界が面白い。その中で営業部署がどう
いう位置づけで他部署と協調することになるのか実務を踏んでいないとなかなか
描けない世界である。そうした複雑系が面白さを増している。
 
 今一つの流れは蠢き出した辰村祐介の少年時代の暗い記憶。今は離ればなれに
なっているが25年前の3人の幼馴染。浜井勝哉と村松明子の3人だけの秘密。雄哉
と祐介は明子の父親殺害を決意し刃物も買い込んだ。明子の父親が日常的に娘に
性的暴行を加えていことを知ったからである。
 ある夜父親を陸軍墓地に呼び出したが、殺す前に彼は階段から足を滑らして転
落死した。警察は事故死と判断したが、祐介には殺意を抱いたという暗い記憶が
心の奥深くに沈潜していた。

 明子はなんと大東電機の常務半沢智之の妻となっていた。その半沢のもとに脅
迫状が舞い込んだ。明子は幼少時より父親を誘惑する希代の淫婦外道であり、断
固たる措置を取らねば天下公論に問う。半沢に問われるまでもなく祐介は文の調
子から勝哉を疑い、所在を探しているうちに2回・3回と脅迫状が届く。
 ようやく雄哉の居所が分かり、問い質す確かに勝哉が書いたことが分かったが、
その背景には意外な事実が潜んでいた。
 
 「どういう成り行きになっても、いざとなったら、私があなたを養ってあげる」
と、上司の女性部長に言わせる魅力があるニヒルな男辰村祐介。 
 多くの男に「俺も彼のように組織の論理に流されず、男らしく私見を貫き通す
男だったら、その後の人生も大いに変わっていたに違いない」と思わせる好漢で
ある。
     『テロリストのパラソル』で出てきた吾兵衛というバーの浅井という元やくざ
の主人も登場し辰村を助けたりする。
 ただし、小説としての難点を言えば、終盤に至っての脅迫状云々の設定と状況
の展開はいかにも無理があり不自然である。
                         (以上この項終わり)

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