読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

横山秀夫の『ノースライト』

2020年09月12日 | 読書

◇『ノースライト

  著者:横山 秀夫    2019:2  講談社 刊



 一級建築士青瀬稔。離婚して数年になる。妻のゆかりはインテリアデザイナ
ーである。娘の日向子とは月1回会うことができる。
 大手設計事務所でがむしゃらに働いたが、 バブルがはじけて会社を辞めた。
結婚生活は10年で終わった。青瀬は何が原因で離婚したのか日向子に問われる
ことを恐れている。どこで間違ったのか、何がいけなかったのか、読者にも最
後まで分からない。
 作品の中ではいくつもの人間ドラマが生まれるが、最大のそして本作品のメ
インストリームは青瀬が依頼されて作った「Y邸」を巡る謎である。

 1年前青瀬は吉野陶太夫妻の依頼を受け、信濃追分の一角にのちに「平成すま
い200選」に載り、高い評価を受けた日本家屋を作った。
「3千万円あります。あなた自身が住みたい家を建ててください」吉野のおおら
かな提案を幾分不審には思ったが建築家としてかねてから思い描いてきた「ノー
スライト<北側の光>」を採光の主役にした、森の中の木の家を実現した。それ
は積年のテーマであった。

 青瀬の父親はダムの木型職人で、家族はダム現場を渡り歩く一生だった。そし
て飯場の長屋は何故か押しなべて北側に窓をとっていた。穏やかな静謐をもたら
す「ノースライト」があった。

 引き渡して4か月。訪ねたこの家に吉野氏の家族は住んでいなかった。なぜな
のか。家の2階には何故か著名な建築家ブルーノタウト作を思わせる椅子が1脚置
かれていた。
 このいくつかの謎を明らかにするために青瀬は熱海や仙台などに足を運ぶ。作
中青瀬は自らの生い立ち、家族の動静、尊敬した父を語る。彼の人生の足跡はこ
の作品のドラマにおける重要な布石である。
 このメインストリームの中の謎は最後に一挙に解明される。いくつもの推論か
らゆかりは吉野と会っているに違いないと悟る。そして日向子にカマをかけて吉
野が何度かゆかりに電話をかけていたことを知った。
 岡嶋の葬儀でゆかりに会った青瀬は、ついにゆかりから吉野に口止めされてい
たY邸誕生の秘密を知る。それは青瀬の幼い頃の、父親の死にまつわる思いがけ
ない事実から生まれた、吉野の深謀遠慮だった。

 そしてサブストーリーは失業後大学時代の友人岡嶋に声をかけられ職を得た岡
嶋の設計事務所に生まれる。
 赤坂の大設計事務所を飛び出し、苦境に喘いでいた青瀬はわずか6人という小人
数な岡嶋設計事務所で落ち着きを取り戻した。
 そこに降ってわいたようなコンペへの参加のチャンスが訪れる。それはS市出身
でパリに在住し70歳で没した孤高の画家藤宮春子のメモワール館を作る市のプロジ
ェクトだった。
 岡嶋設計事務所は飛躍のチャンスに沸いた。ところが岡嶋は応募ノミネートを確
実にしようと市長・担当部長に接待工作をし、市長反対派に与する新聞記者の追及
を受ける羽目になる。

 岡嶋は胃潰瘍で入院、間もなく病室から転落死する。自殺とも事故ともとれる状
況での死でコンペへの対応は不可能̪視された。しかし青瀬は全員の力を振り絞って
岡嶋が入院中に描いたアイディアをもとに、コンペに立ち向かうことを誓う。
 その作戦は、岡嶋がイメージしたデザインのコンペ案を、かつて赤坂設計事務所
にあって青瀬のライバルであった能勢の設計事務所に持ち込み、彼の案と対決し、
絶対これを凌駕し能勢事務所案として岡嶋案を世に出すという、起死回生の奇想だ
った。
 能勢は青瀬が能勢事務所に転職することを条件にこの案を飲む。これで父の跡を
継ぐ決意をした岡嶋の息子一創の誇りは守った。

 
 不可解な謎が読者に提示され、解明の糸口に差し掛かりながら、途中ブルーノ・
タウトのエピソードなどに困惑させられ、最後になって一挙に謎のすべてが明かさ
れるという心憎い構成。
 悪意に満ちた人間、不気味な人間は登場しない。心優しい人ばかりが登場する横
山秀夫らしい作品である。
                            (以上この項終わり)

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