◇『カリ・モーラ』(原題:CARI MORA)
著者:トマス・ハリス(Thomas Harris) 2019.8 新潮社 刊 (新潮文庫)
カリ・モーラは25歳の女性の名前であるが、必ずしもカリ・モーラだけが
主役というわけではない。臓器売買を営む猟奇殺人者と異色の犯罪者集団が亡
くなった麻薬王の旧邸に隠された金塊2500万ドルを狙う丁々発止の駆け引き、
攻防がメインストーリーでカリ・モーラは重要な登場人物の一人である。
舞台はフロリダ半島のマイアミ・ビーチの高級住宅地。
ビスケーン湾に面した豪邸は、かつてコロンビアの麻薬王だったエスコバル
の所有だったが、彼が警察に囚われてから競売に付されて多くの手を経て現在
は映画撮影などに使われている。カリ・モーラは管理人のような形でここに通
っている。
この屋敷の地下深く大金庫があって、エスコバルの金塊が眠っていると目さ
れており、細かな情報を握ってるヘスス・ビジャレアルはあろうことかこの秘
密情報を二組に売って二重取りしようとしていた。
一つは十の鐘泥棒学校という犯罪集団のボス、ドン・エルネスト。もう一組
は臓器売買の親玉でドイツ系白人、ハンス・ペーター・シュナイダー。自宅に
臓器収奪後の死体を処理する人体液化装置を持ち、浴室から人体が白骨に変わ
る経過を見ながら喜悦に浸るという変質者である。また女性を捕まえては顧客
の求める形に改造し提供するというグロい仕事も請け負っている。
彼は美貌のカリ・モーラを知って、彼女に憑つかれ、手中にしようと手ぐす
ねをひいている。
邸宅地下を掘り進んだハンスらは金庫が海に通じる洞穴の奥にあることを突
き止め、船で持ち去ることを企む。これを知ったエルネストはこれを横取りし
ようと海からの奪還作戦を立てる。
両者とも邸内の間取りと警報装置などに熟知しているカリ・モーラを取り込
もうとするが、カリはエルネストの一味となっている恋人のアントニオに協力
する。
しかし海に潜り様子を探りに出たアントニオはハンスの手下に撃ち殺される。
これを知ったカリ・モーラはアントニオを殺したボビー・ジョーを撃ち殺す。
カリ・モーラは11歳の時にコロンビアの反政府左翼ゲリラ組織に拉致され軍
事訓練を受けた。敏捷で器用で我慢強いカリは優秀な兵士であったが、逃亡を
企てた仲間を銃殺した場面を苦にゲリラ基地を脱出した。
彼女は動物が好きで、獣医を目指し、傷ついた鳥や動物たち治療・回復させ
自然の暮らしに戻す活動にボランティアとして協力している。そんな心優しい
彼女も隠された金塊争奪の渦に巻き込まれてしまった。
大金庫は破壊しようとしても水銀起爆装置など光や振動を察知し爆発する仕
掛けが施されていた。エルネストのグループは電子錠の解錠プロのファブリト
の助けでようやく解錠に成功する。
ヘススの未亡人の弁護士の密告で現場に向かったFBI,ICA,地元警察などが到着
した時には既に金塊はエルネストがチャーターしたDC-6A機でハイチに運ばれ
た後だった。
ようやく平安を取り戻したカリ・モーラを訪ねて来たのはマイアミデード警
察のロブレス警部。ハンス・ペーターを捕らえるために囮になってくれという
のだ。
監視と警護を怠らないと言っていたものの、結局カリは捕らわれてハンスの
プレジャーボートに結束バンドで両手両足の自由を奪われた。そこはゲリラ訓
練の賜物、何とかバンドを解除し海に飛び込み、近くの島にハンスをおびき寄
せて返り討ちで報いることができた。
金塊は結局エルネストが一人で持ち逃げしたことになった。しかし金庫解錠
の際16個の金塊をくすねたファブリトは半分を助けてくれたカリに分けた。
カリはスネーク・カナルに念願の家を買うことができた。
速いテンポの筆致、むごい殺し場面などハード・ノワールな場面が続く半面、
バハマ諸島の海や島々、鳥や魚の群れ、エヴァグレーズ湿地のワニの生態など、
中米の自然の空気が感じられる細やかな描写もあって楽しませてくれる。
(以上この項終わり)