読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

高杉 良の『雨にも負けず』

2021年06月17日 | 読書

◇『雨にも負けず(小説ITベンチャー)』

   著者: 高杉 良    2021.3 KADOKAWA  刊    

  

   企業小説がお得意の高杉良のベンチャーもの。
   早稲田の工学部出身で、一旦損害保険会社に契約社員として就職した主人公が、
5年後にベンチャーとして独立創業したものの、アメリカで電子情報の大量搬送
モデルを開発し起業した日本人創業者にマンハントされ、存立の危機に立たされ
た本社を見限り、日本法人をアメリカ大企業を相手取った訴訟を通じて大成功に
導くというお話。

 学歴も出自も定かでない人物が、新しいビジネスモデルを構築し大発展を遂げ、
経済環境変化であえなくあぶくと消えていく。そんな小説ではない。堅実な家庭
に育ち、いい大学を出て、一流の会社で実績を上げ、起業する。そしてマンハン
トされた会社で飛躍を夢見たものの、創業者の実力を見誤って挫折を味わう。し
かし、しっかりとした経営理念で困難を克服し日本での経営を立て直す。そんな
優等生物語で終わる。
 ストーリーには格別の起伏もサスペンスフルな展開もない。しかしアメリカに
おけるベンチャーの実態を垣間見る良い機会にはなる。

 企業が成功するためには、単に売り上げを伸ばすだけではなく、顧客の信頼を
得ることが最も重要だということ、アメリカにおいて立身出世するということは
同僚や知人、果ては顧客をもないがしろにしながらもひたすら業界一位を目指す
という業績第一主義だということなどを知る。
 
 主人公北野譲治は早稲田の工学部(建築)出身で、初めから起業を志していた
が、最初の会社でも常に顧客の利益を考えた営業で信頼を得る。その信用の蓄積
は起業後の発展の基礎になった。一方彼をマンハントした財津正明は慶応大出身
で、三菱電機に就職FSXの開発に携わった後アメリカのMITに留学、MBAを得た
のち「イーパーセル」というデータの電子宅配便システムを開発し、「ネット上
の国際物流会社」を立ち上げた。コンバックやリーマンブラザースを顧客にする
など幸先良いスタートを切った。
 財津は本人も吹聴する如く華やかな経歴ではあるが、開発したテクノロジーは
優れていても経営能力はお粗末で、人格的にも高く評価できない、そんな人だっ
た。
 北野はイーパーセルの日本法人の営業担当幹部として位置づけられたが、実態
は創業者財津にいいように使われ、体調も崩すというさんざんな結果だった。
 9.11の事件後アメリカの本社の業績は上がらず、日本法人の資本も食いつぶす
羽目になる。ベンチャーキャピタルでとして資会した日興プリンシパルは日本法
人の本社持ち株を買いとり北野に経営主導権を委ね再生を期すことになった。
 企業買収の場合は”事業”、”技術”に投資するが、ベンチャーの場合は”人”に投資
するのが鉄則というとがここで再確認されるのである。そして北野の最大の資産
は人的信用が産んだ豊富な人脈だと知ることになる。

 財津の「国際電子宅配会社」の特許を中心にしてセールスしても日本の会社は
国際標準化していないからと乗ってこない。北野はアメリカの大企業相手に特許
侵害訴訟を起こし、和解に持ち込んだ。
 裁判で勝つことよりも訴訟で和解を勝ち取ったという宣伝効果を狙ったのであ
る。狙いは見事に成功。アメリカで評価されたのならという後追いビジネスが得
意な日本企業はこぞって北野の門をたたいたのである。

 雨にも負けずはご存じの通り宮沢賢治の詩の冒頭の一節である。北野の好きな
詩であり、サミュエル・ウルマンの「青春」も好きな詩であるという。
小説と銘打っているが、実在の人物、会社がありモデルがあるいうことである。
                        (以上この項終わり)

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