◇ 冬の果物を描く
CLESTER F4
例年季節ごとの果物を選んで描く。冬といえばリンゴとみかんなど柑橘類。
今回はリンゴ、夏ミカン、金柑、デコポン、キーウイ、マンゴーなど色とり
どりの果物が2か所で並んだが、金柑、夏ミカン、りんごのコーナーを選んだ。
金柑はともかく、夏ミカンはえくぼかにきびのクレーター様の凹凸が特徴であ
るが、大胆に捨象した。りんごは描くのが容易のように見えて結構むつかしい。
ステンレスの器に載った果物は硬い器質との対比がうまくバランスすれば成功
といってよい。
◇『白い道』著者: 吉村 昭 2010.7 岩波書店 刊
2006年7月に亡くなった作家吉村昭氏は歴史小説あるいは記録文学に新境地を開いた
大家として知られている。この『白い道』は没後の出版であるが、氏が雑誌に寄せた
エッセーや講演で明らかにした、小説家としての執筆姿勢、歴史観、身辺雑記などを
取りまとめたものである。
本書はⅠ歴史の流れ Ⅱ時代を動かす Ⅲ人間としての魅力 Ⅳ歴史の町 の4章でく
くられている。
吉村昭と言えば、徹底した史実調査(取材と検証)で知られている。取り分け戦史
小説では関係者の取材が徹底している。戦史小説を書くのを断念し歴史小説に切り替
えたのは聞き取りをすべき証言者がどんどん減ったからだと述懐している。
氏曰く、戦史小説では記録と証言が欠かせないが、歴史小説では記録が少なく、飛
び石のごとく点在し、作家はその間を想像で史実をつなぐ。それが作家のだいご味で
はあるが、歴史小説とされているものの中に、作者が明らかに史実を無視し、または
物語を興味深くさせるために故意にゆがめているものがある。歴史小説といえば読者
はそれを歴史そのものと考える傾向がある。空恐ろしいことだというのである。
「人間の魅力」という章で前野良沢、高山彦九郎に強い興味を持ったと書いている。
前者は『解体新書』の翻訳を描いた『冬の鷹』、後者は『彦九郎山河』という作品に
なった。
『解体新書』翻訳の主役は良沢で玄白は傍役であったにもかかわらず、杉田玄白訳
で前野良沢の名は前面に出てこない。その経緯は本書に語られているが、彼は不遇の
まま亡くなった。前野良沢は長男達の友人である高山彦九郎を実子のように遇した。
彦九郎は幕府から尊王の危険人物視されていたことから、孤児であった良沢は彼の生
き方に孤然とした姿を見たのではないかというのが吉村昭の見方である。そして氏は
良沢の孤然とした生き方に羨望を感じるという。
『解体新書』が刊行される以前、本草学者後藤梨春が『紅毛談(おらんだばなし)』
という小冊子が発禁になった。オランダの風物、産物の紹介書にすぎない書物がであ
る。
なぜ「解体新書」の刊行が認められたのか。それは医学書だからという名分にあっ
た。吉村氏は言う。しかし、『解体新書』は、鎖国政策とは明らかに相反した行為で
これが鎖国政策に楔を打ち込み、この『解体新書』刊行後西欧のあらゆる分野の知識
が訳書となって世に紹介され、鎖国政策の崩壊を早めたと断じている。
題名の『白い道』とは。
氏が終戦の放送を聞いた午後、≪体が宙に浮いたような虚脱感におそわれ、浦安の造船
所に通じる入江沿いの道を歩いた。路面は白い貝殻屑におおわれていた。空はにぶく光
り、白っぽかった。戦争に負けるということは白いことなのだ。と妙なことを考えなが
ら、私は白い道を歩いていった。≫
つまり作家吉村昭にとって敗戦という歴史的事実は、この日の白い道としっかり結び
ついているのである。
(以上この項終わり)
◇ 『ミスター・メルセデス(上/下)』(原題:MR.MERCEDES)
著 者:スティーヴン・キング(SREPHEN KING)
訳 者:白石 朗 2016.6 文芸春秋社 刊
世界的なホラーとSFの巨匠スティーヴン・キング2014.6発表の作品。
彼自身が「この作品は first hardboiled detective」 と言っている。アメリカの年間
ミステリー最高峰エドガー賞の最優秀長篇賞を受賞した(2015)。
主人公は元刑事のビル・ホッジス、半年前に退職した元刑事62歳。妻コリンヌとは別
れ、娘(アリスン)はいるが疎遠。退屈して亡き父(元刑事)に譲られた38口径M&P
モデルを頭に擬し自死の誘惑に負けそうな危うい毎日を送っている。
ある日「親愛なるホッジス刑事殿」という手紙が届いた。差出人は「メルセデス・キ
ラー」。メルスデス・キラーとは、かつてホッジスが現職時代の最大の未解決事件「メ
ルセデス無差別大量殺傷事件」の犯人である。「ざまあ見やがれ、負け犬。」事件を解
決できず、今は犯人を取りこぼし自殺を考えているホッジスを完全におちょくっている。
しかも追伸で「連絡取りたかったら、<デビーの青い傘の下で>にアクセスしろ。あん
たのユーザーネームはkermitfrog19だ。」とまで記して。
これがもう一人の主人公。彼はサイコパス(反社会性人格障碍者)である。
「メルセデス大量殺人事件」とは。
2009年4月9日市民センターで開かれた合同就職フェアに集まった数百人の人たちに12
気筒のセダン・メルセデスSL500が猛スピードで突っ込んだ。幼児を含む8人の死者と
多くのけが人を出した。犯人はピエロのマスクをかぶった人物だった。
車は盗難車で所有者のオリビア・トレローニーはキーを付けっ放しにして盗難と事件
を招いたとして非難され、とうとう事件後数カ月で自殺に追い込まれた。「私は絶対付
け忘れはしていない」と言い張っていたのだが。
犯人にからかわれたホッジスは俄然闘志を燃やす。元相棒のピートに会って、その後
の事件の足取りを聞き出すが、捜査にはまったく進展はない。。犯人を捜すという目標
が出来た彼はオリビア・トレローニーの妹ジャネル・トレローニーを訪ね犯人捜しへの
協力を頼む。500万ドルを超える遺産を相続することになるジャネルは快諾し、調査費
を出すので犯人を探し出すことを頼む。
そしてホッジスは62歳にして幸運にも44歳という若さのジャネルと友人になる。
しかもその後、なんと友人以上の仲に。
<殺人はおおむね明るみに出るものだ。不器用だが強大な力を持つ大宇宙の指が動い
て、いついかなる時でも悪を正そうとしているかのようだ。刑事たちは報告書を読み、
目撃者の事情聴取をおこない、電話をあちこちにかけて話を聞き、法医学的証拠を検
討しながら・・・その力が働くのをひたすら待つ。>そんな希望を胸にホッジスは仲
が良い高校生のジェロームの助けを借りながら調べを進める。
アイスクリーム販売車とコンピュータ・サービスを仕事にしているブレイディ・ハ
ーツフィールドは重度のアルコール依存症の母親と暮らしている。父親はいない。小
さいころ母親と結託し弟を殺している暗い過去がある。今の社会に恨みを持ちやけく
そになっている。メルセデス無差別大量殺傷事件を起こしうっぷんを晴らしたのに、
ホッジスからは「お前は犯人ではない」とあしらわれ頭にきてホッジスを殺そうと計
画する。その前に、まずホッジスにショックを与えようと、彼の友人ジェロームが飼
っている犬を毒殺しようと用意してあった毒入りハンバーグを母親が食べ死んでしま
った。怒り心頭に発したブレイディはホッジスの車に爆薬を仕掛け遠隔操作で爆発さ
せる。ところがその車にはジャネルが乗ることになって、代わりに彼女が爆死してし
まう。
今度はかけがえのない愛人を殺されたホッジスが怒り狂う。
ブレイディは更なる大量無差別殺人を起こし自分もこの世におさらばをしようと、
大量の爆薬を持って、4000人からの若者らが集まるコンサートを狙う。ホッジスは
Mr.メルセデス(ブレイディ)のメッセージ<週末を楽しみな―俺は楽しめるはずさ>
を読み、思い悩む。今週末に何を企んでいるのか、もしかして陽動作戦か。
ホッジスはジェロームにジャネルのいとこにあたるホリーを加えた3人でブレイディ
のターゲットを探りあてようと奔走、ついに大量無差別殺人の現場を探り当てる。
ところがホッジスは肝心のところで心臓発作を起こし、ジェロームとホリーに爆殺阻
止を託す羽目になる。
この辺でホッジスに休ませて、残る二人の活躍でストーリーに深みと幅を持たせよ
うという作者の企みは憎い。
一方ブレイディは身障者を装い、爆薬を装備した車椅子でまんまと会場に潜り込む。
しかしジェロームらに発見され、ホリーの機転で爆発装置は解除され危険は去った。
ホッジスは間一髪で死の危険をまぬかれ病院で2人の活躍を知る。ジェロームとホリ
ーは市長から表彰され、ホッジスも独断専行について咎めなしとされた。
犯人ブレディもホリーに受けた頭への強打で意識不明であったが回復した。意識回
復後最初の一言は「母親に合わせてほしい」。
久々のキング作品、堪能しました。しかしキング作品にしてはやや安直なエンディン
グで物足りなさが残ります。
キングはこの作品を「ホッジス元刑事三人組」三部作と位置づけ、第二作『Finders
Keepers』(2015)、『End of Watch』(2016)を発表している。
(以上この項終わり)