読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

ジェフリー・アーチャーの『15のわけあり小説』を読む

2018年02月08日 | 読書

◇『15のわけあり小説』(And Thereby Hangs A Tale )
                      著者;ジ;エフリー・アーチャー(Jeffrey Archer)
             訳者:戸田 裕之    2010.5 新潮社 刊

  

  『百万ドルをとり返せ』、『ケインとアベル』で有名なジェフリー・アーチャーは
 短編も多く著し、偽証罪で服役した体験を綴ったノンフィクション獄中三部作『時獄
 篇』、『煉獄篇』、『天国篇』や短編『プリズンストーリーズ』を表している。

  この作品はご本人が前書きで述べているように、「この6年世界を旅している間に
 いくつかの作品を集めることができた。そのうち10話はよく知られた事件に基づいた
 ものであり、残り5話は私の想像が生み出したものである」「誰しも本を書けるわけ
 ではないにしても、優れた短編になりうる材料は持っている」というのだ。
   いずれも皮肉、どんでん返し、風刺、ウィット・ユーモアの要素を含んでいる。 

 第1話 君に首ったけ* 第2話女王陛下からの祝電* 第3話ハイ・ヒール*
 第4話 ブラインド・デート 第5話 遺書と意志があるところに*
 第6話 裏切り* 第7話 私は生き延びる* 第8話 並外れた鑑識眼
 第9話 メンバーズ・オンリー* 第10話 外交手腕のない外交官*
 第11話アイルランド人ならではの幸運* 第12話 人は見かけによらず 
 第13話 迂闊な取引 第14話 満室? 第15話カーストを捨てて*
      (*はよく知られた事件に基づいた作品) 

 第2話「ハイ・ヒール*」は保険金詐欺を装った経営者に立ち向った保険事故調査員
   の観察力の勝ち。
 第5話「遺書と意志があるところに*」は遺言書の偽造話でよくある話だが、法廷に立
    たなくても済むように5団体に3千ドルの寄付を付け加えたところが犯人の看護
    師の頭のいいところ。
 第7話 「私は生き延びる*」は著名な歌手に似た女が、そのファンである骨とう品屋か
    ら百万ドル近い高額の品を騙し取るために13,69ドルのコストをかけて撒き餌を
    し、まんまとロシア皇帝の”復活祭の卵”を手に入れた。小切手は落ちるかどうか
    確かめたうえで商品を渡さなければ。
  第9話 「メンバーズ・オンリー*」 ゴルフをやらない父親が懸賞でもらって屋根裏
    に放っておいたゴルフセットを貰い、めきめきと腕を上げ、ハンディがシングル
    の腕前になったロビン。やがてロイヤル・ジャージーの会長秘書を見初め結婚す
    る。しかし正会員になるには
申請してから15年かかるという。やがて英国は独逸
    と戦争になり、ジャージーは独逸軍に占領される。あと3年で正会員になれたのに、
    ゴルフクラブの記録は消滅、改めて申請をし直さねばならなくなったのであるが…。
    結末は英国らしいウィットに富んだセリフで締められる。秀逸の作品。
 第10話 「外交手腕のない外交官*」3代有能な外交官が続く名家に生まれたパーシーは
    優秀な成績で外務連邦省に入り将来を嘱望されたのであるが、常識に欠け、社会
    性に乏しく、外交官としては活躍できず文書保管室勤務となった。しかし記憶力
    抜群であらゆる保管文書に通じ能力を発揮したが、30年間地下室で勤務退官した。
     そこでパーシーの目論見。文書庫で発見した1762年の領土継承条約を援用し、
    彼自身人跡未踏の島に上陸、所有権を主張して英国領土を拡張の栄誉で上級勲爵士
    を得て歴代父祖に肩を並べたい。周到な準備をし、一昼夜かけて上陸した無人島で
    90日間暮らし、占有した
という宣誓供述書をもって外務連邦省大臣に持ち込んだの
    であるが…。元同僚の事務次官は言う。「この時期女王陛下が領土拡張の主張をす
    ると、ロシアやアラブなど黙っていない。中国と日本に戦争を招く恐れがある。
    「この話はなかったことにしてくれ」。
     しかし次の年、新年の叙勲名簿でパーシーは外務連邦省に更なる奉仕をしたとし
    て父祖と同じ上級勲爵士の称号が与えられた。
     サー・ナイジェルが地球儀で南シナ海にある名もない島を指して「日本と中国の
    どちらかがこの島の領有権を主張したら、二国間で戦争が起きるだろう」(尖閣諸
    島のことだと思うが、すでに日中どちらも領有権を主張しているのだが)
    短編小説らしい作品。 
 第14話 「満室? 」イギリスの中学校で教師をすることになっているリチャードはイタ
    リア旅行の締めくくりとして名画「マドンナ・デラ・パルト」を観るためにモンテ
    ルキという古い小村を訪れる。夜も遅く、財布には86ユーロしかなく、「ホテル・
    ピエロ」という小さなホテルの泊まるしかなかった。フロントには35歳位の永遠
    の優雅さを誇る女性が座っていたが、その夜は満室で止めるわけにはいかないと告
    げられる。途方に暮れていると最上階の部屋が予約されているが若し客が来なけれ
    ば使ってもよいと言われて廊下でじっと待っていると、くだんの彼女が現れて暗い
    部屋番号のない部屋に連れ込んだ。シャワーを勧められたリチャードは同じように
    シャワーを浴びた彼女と朝まで何度も愛し合った。
     あくる朝、非常階段から回り込んでフロントに預けてあったバックパックを受け
    取ろうとしたときフロントにいた支配人に尋ねられた「昨夜はお泊りだったんです
    か」、「いいえ生憎と満室で荷物だけ…」、「あら、部屋は空いてましたよ、昨夜
    のフロントは誰だったかしら」支配人はポーターに尋ねた。「カルロッタです」。
    「この度はお詫び申し上げますお客さま」
     リチャードがドアを出た後支配人はポーターに言った。
    「カルロッタがこれをやったのは今度が初めてではないわね」。

                              (以上この項終わり)


 

  

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『夢の中へ』

2018年02月05日 | 読書

◇『夢の中へ』(原題:Dawn)
        著者:V.C.アンドリュース(V.C.Andrews)
        訳者:奥村 章子
         扶桑社 1997.4 刊

 

   変形シンデレラ物語。たまには純粋エンターテイメント小説もいいでしょう。
 ダーク・ファンタジーの巨匠と称せられている作者が贈る<ドーン・シリーズ>の第1作目。
 表紙の少女像を見てください。意志の強そうな14歳の少女。主人公ドーン・ロンシャン。

 町から町へと渡り歩き、かつかつの生活を送る4人家族。ドーンと兄のジミーは貧しい中で
も互いに助け合いながら楽しい生活を送っていた。引っ越し先でようやく落ち着き始めたこ
ろ母が女児を出産した。その名はファーン。父親が某私立学校の用務員に採用され、兄弟は
学費免除でその学校に通うことに。しかし裕福なお嬢様・お坊ちゃまが通う学校で二人はい
じめにあう。とりわけ町の創設者一族カトラーの娘クララは卑劣ないじめを繰り返す。しか
しその兄フィリップはドーンの魅力取りつかれてドーンも彼に惹かれていく。 もう引っ越
しをしないで済むと思ったのも束の間、病弱だった母が肺結核で亡くなってしまう。
 そして驚天動地の出来事が。

 葬式後のある朝警官が現れて父親が誘拐の罪で拘引された。生まれたばかりのドーンを誘
拐したというのだ。何と父親は「すまない」と罪を認めたのだ。混乱するドーン。
 そしてドーンはそのまま真の両親の元へと連れられて行く。そこは丘の上の大邸宅。何と
ドーンはカトラー家の一員で、あのクララが妹、フィリップが実の兄だったとは。

 そこでドーンは貧しい生活から一転お嬢様として何不自由ない暮らしをすることになった
かというとさにあらず、高級ホテルを営むカトラー家で客室係のメイドとしてこき使われる
ことになる。鬼のような厳しい祖母はドーンをまともなカトラー家の一員として扱わないの
だ。不思議なことに両親は祖母の扱いを正そうともしない。一体裏に何があるのか。
 祖母のドーンに対する不審な扱いの背景は知ってみればなるほどと思うのだが、ドーンに
対するあくなき冷遇とクララのしつこいいじめにまともな読者は腹が立ってくる。おまけに
兄弟の間柄と分かったのにフィリップはドーンにしつこく体の関係を迫るという分からず屋。
ドーンはしかし健気にこうした処遇を受け止め今は離れ離れになったジミーやファーン、そ
して捕らわれの身となった父を懐かしむ。

 そのうちドーンは自分が誘拐された当時ドーン担当の看護師であった女性を探し当て真相
をききだす。それはなんともおぞましい経緯で仕組まれた誘拐劇であった。
 ドーンは祖母の勧めでかねて憧れていた音楽の道へ進むためにニューヨークへ旅立つ。今
は血がつながらない間柄と分かったジミーとの愛を育みながらこの先ドーンはどう成長して
いくのか。
(第二部『愛の旅立ち』、第三部『黄昏れの彼方』、第四部『真夜中のささやき』、番外編
『悲しみの影』)

                                (以上この項終わり)

    

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ウォルター・モズリイの『ブラック・ベティ』

2018年02月03日 | 読書

◇『ブラック・ベティ』(BLACK BETTY)
                                 著者:ウォルター・モズリー(Walter Mosley)
                                 訳者:坂本 憲一     1996.1 早川書房 刊 

  

  イージー・ローレンス・シリーズ第4作目。第1作目の『ブルードレスの女』はレイモ
 ンド・チャンドラー
張りの作風で絶賛を浴びた。(映画化では「青いドレスの女」)
     題名に色を付けているのが特徴(ブルードレスの女、赤い罠、ホワイト・バタフライ、
 ブラック・ベティ、イエロードッグ・ブルースなど)。

  主人公は黒人の私立探偵。しかし免許をもって探偵を業としているわけではない。黒人
 社会に詳しく、人脈が豊富で情報収集に長けていることからいろんないところからい依頼
 がある。言ってみれば素人探偵である。

  イージーも本書では結婚に敗れ、養子のフェザーとジーザスと暮らしている。15歳で
 緘黙状態にあったジーザスが言葉を発するようになって喜んでいる。一方ベティの息子テ
 リーの殺害現場で背中を刺され重傷を負ったり、親友のマウスから密告を疑われて危うく
 殺されそうになったりする。

  今回イージーの下に舞い込んできたのは、かつて彼が少年時代に胸を焦がした年上の女
 「ブラック・ベティ」を探し出してほしいとの依頼。その裏には5000万㌦に及ぶ遺産相
 続が絡んでおり、連続殺人にまで発展する。
  時代設定は1960年代。63年にケネディ暗殺、64年ハーレム等で人種暴動頻発、65年
 マルコムX暗殺、68年キング牧師暗殺とまさに激動の暗黒時代であった。まさしくこの時
 代は希代の自称狂犬作家ジェイムズ・エルロイが『ホワイト・ジャズ』、『LA・コンフ
 ィデンシャル』
で描いた歴史の一コマである。
   
 「…私が居残って犯人の向かいそうな家のことをしゃべっても、彼らは私を留置場にぶ
 ちこんでいただろう。かれらはその番地に,急行しなかったはずだ。彼らは犯罪者のたわ
 ごとに耳を貸さないから。そして黒人はみな犯罪者なのだった。…」
  これがアメリカ社会の実態なのだ。黒人を些細なことで殴打しあるいは射殺して指弾を
 浴びる事件など白人警官にとっては単に運が悪かっただけなのだろう。アメリカ社会の白
 人と黒人の厚い宿命的隔壁をここに見ることができる。モズリーはこうした実態を余すこ
 となくこのシリーズに書き込んで迫真のハードボイルドに仕立てている。
  こうしたアメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人をはじめ移民人種と白人の抜きが
 たい人種差別と融合し得ない文化を冷厳にとらえているところがモズリーの作品の魅力の
 一つであろう。

                                 (以上この項終わり)

 


 
  
  

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